第16話「暴走の危機と、命がけの叫び」

 俺が攫われたという報せは、すぐにダリウスの耳に入った。

 彼がどれほどの怒りと絶望を感じたか、想像に難くない。

 そして黒幕であるガルニア帝国の秘密組織は、人質である俺を使い、非情な計画を実行に移した。

 彼らは古代から伝わる禁術を使い、俺の生命力を触媒として、遠く離れた場所にいるダリウスの竜の力を強制的に暴走させたのだ。

 その日、王都の上空は突如として暗雲に覆われた。

 空を引き裂くような咆哮と共に、雲の間から巨大な姿が現れる。

 漆黒の鱗、山のように巨大な体躯、そして世界を焼き尽くさんばかりの炎を宿した伝説の黒竜。

 それは理性を失い、暴走したダリウスの姿だった。


「うわああああ!」


「竜だ! 魔竜公が暴れているぞ!」


 王都は一瞬にしてパニックに陥った。

 暴走したダリウスは、見境なく口から破壊のブレスを吐き散らし、街を破壊していく。

 聖騎士団が応戦するが、その圧倒的な力の前に、なすすべもなかった。

 世界が終わるかのような絶望が街全体を包み込む。

 その頃俺は敵の本拠地の一室で、水晶玉を通してその光景を見せつけられていた。


「素晴らしいだろう? 我が帝国の力は! あの最強の魔竜公でさえ、我らの手にかかればただの破壊兵器よ!」


 黒幕の男が高笑いしながら言う。

 俺の体は禁術のせいで金縛りにあったように動かなかった。

(やめろ……ダリウス……!)

 心の中で叫ぶが声にならない。

 俺のせいで彼が苦しんでいる。

 俺が攫われたせいで街が、人々が、彼の炎に焼かれていく。

 絶望に涙がこぼれ落ちた。

 その時だった。

 俺の脳裏にゲームの知識が閃光のように蘇った。

 確か竜の暴走を鎮める方法が一つだけあったはずだ。

 それは竜が「番」と認識した者の、魂からの呼びかけ。

(番……)

 ダリウスは俺のことをそう呼んだ。

 そうだ、可能性はゼロじゃない。

 俺は全身全霊の力を振り絞り、禁術の呪縛に抵抗した。


「ぐっ……うおおおお!」


 歯を食いしばり、血管が切れそうなほどの力で体を動かそうとする。

 俺の必死の抵抗に黒幕の男たちが驚きの声を上げた。


「な、なんだと!? 禁術が破られかけている……!?」


 俺はゆっくりと、だが確実に立ち上がった。

 そして部屋の窓際にあった通信用の小型飛竜艇に目を留める。

 警備の兵士が驚いて制止しようとするが、俺はそいつを突き飛ばし、飛竜艇に乗り込んだ。


「行かせるか!」


 男たちが魔法を放とうとするがもう遅い。

 俺は飛竜艇を起動させ、窓ガラスを突き破って空へと飛び出した。

 目指すは一つ。

 王都の上空で苦しみながら咆哮を続ける、黒き竜の元へ。

 嵐のような風と破壊のブレスが飛び交う中、俺は小さな飛竜艇を必死に操縦し、ダリウスに近づいていく。


「ダリウス!」


 俺の叫びは轟音にかき消されそうになる。

 だが俺は諦めなかった。

 喉が張り裂けんばかりに、俺は彼の名を叫び続けた。


「ダリウス! 聞こえるか! 俺だ、クリストフだ!」


「戻ってきてくれ! 君はそんなことをする男じゃないだろう!」


「俺のところへ戻ってきてくれ、ダリウスッ!!」


 命がけの叫び。

 それが彼の心の奥深くに、届くことを信じて。

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