2話 虹の姫ら目覚める
何もすることがなくなってしまった。
畑も静かで、四つ葉たちの気配もない。
薄暗い家の中で、膝を抱えてぼんやりしていた。
こんなふうに時間を持て余すのは、いつぶりだろう。
カン、コン……と、屋根を叩く音がする。
「ああ……朝日が刺さってこないわけだ」
久しぶりの雨だった。
そのうち、虹の種でも蒔こうと思っていた。
けれど、気力はどこにも引っかからない。
ぼんやりと家に籠って……何日経ったんだろう。
でも、この雨は――違う。
屋根を叩く音が、なぜか胸の奥を揺らす。
「……合図、かもしれないな」
そう呟くと、自然と立ち上がっていた。
外に出た。
「ああ、ごめんよ――。全然気づいてあげないで」
天気雨に濡れた掌を見つめながら、俺はそう呟いた。
東の空は嘘みたいに明るく、光が雨粒の輪郭をきらきらと縁取っている。
けれど振り返ると、西の空からは濃い影がせり出してきていた。
ゆっくりと、確実に近づいてくる黒雲。
山の向こう、遠く――
昔、魔王城を初めて見上げた日のことを思い出した。
黒雲の中を嫌な色の雷が、走った。
そのうち “来る” と思っていた。
こんな素敵な自然と、あの子たちがいるのだから――
いずれ誰かが奪おうとする。
手を伸ばす。
欲しがる。
分かっていたはずだ。
国を作ろうと口にしたばかりだっていうのに。
――ここは、俺が守らなきゃならない、と。
西へ歩くたび、雨足が速まってきた。
山の空気がざわめき、濡れた土が鳴いているみたいだ。
そして、空が裂ける。
ドォン――!ガロロロー。
山中に響き渡る、巨大な笑い声みたいな雷鳴。
「そうか……相手は強いのか……」
雨粒が痛いほど顔を叩く。
俺は袖で拭いもせず、ただ西の黒雲へ向かって歩き始めた。
……カラ、カラ。
雨風のうねりの中でも、その音だけは耳元で囁くように聞こえる。
腰の革袋――あの子たちの“種”が入っている袋だ。
「……どうした?」
いつもより重たい。
革袋の内側から押して来てくる。
今にも弾けそうだ。
俺は袋の紐をほどいた。
どんよりと灰色に沈んだ、色のない森の中で――
急いでキャンパスに描きたかったのだろう。
七色の筆で、森が一気に鮮やかになった。
虹の種たちが、自分たちの意思で革袋から飛び出すようだ。
ひと粒、またひと粒と、雨に濡れた地面へ転がり落ちていく。
「……そうか。お前たちも、植えてほしいんだな」
お気に入りの場所なんて選んでいる暇は、もうない。
「……ああ、わかったからな」
俺はその場にしゃがみ込み、固く締まった土を
なるべく、強い雨に打たれない場所で。
ふかふかになった場所に、落ちてきた種をひと粒だけそっと置く。
「よし!」
次の子には、また新しい“ベッド”が必要だった。
俺は、ひと粒ずつ優しく土に埋めていった。
すると――
次の子が、「私もいきま〜す」と、ぽん、と革袋から跳ね出してくる。
「はいはい、順番だぞ……」
もう、この子らを何人埋めたのだろう?
腰が固まってきたので、一度立ち上がり、来た道を振り返る。
――息が止まった。
さっき埋めたばかりの子たちが、もう土から顔を出している。
みんな揃って“虹の四つ葉”になって揺れていた。
やっと、大きく息が吸えた。
でも胸の奥では、まだじんわりと感動が続いている。
あっという間に育つなんて。
足元では、ちょうど芽を出したばかりの子が、雨に濡れながら揺れていた。
――バサッ。
雨音に紛れるように、羽音がした。
見ると、一羽の鳥がやってきて、体を小さく震わせてブルッと水滴を飛ばした。
「……こんな雨の中でも、連れて行くつもりか」
声に出さずとも伝わったのか、その鳥は真っ直ぐこちらを見た。
ふと視線を上げると、枝の上にはすでに何羽もの鳥が並んでいる。
まるで“順番待ち”をしているように雨の中じっと佇んでいた。
ふと気になることが頭をよぎった。
――あいつら騎士(とり)は、まだ芽も出ていない虹の種は運ばないのか?
試しに、ひと粒だけを手のひらに乗せ、そっと差し出してみた。
「ほら。これはどうだ?」
ガァァー、ガァァー。
返ってきたのは、明らかな拒絶だった。
くちばしを左右に振り、近づこうともしない。
「……駄目か。そうか、お前たちが運ぶのは――」
手のひらの上の小さな種を見つめながら、気づく。
連れて行くのは、芽吹いて、葉を広げている。
これら“虹の四つ葉”になった姫だけなんだな。
蒔いたばかりだけど――
「……君たち、頼んだよ」
小さく育った四つ
差し出すと、待っていた
ちゃんと抱きかかえるように、くちばしで咥えた。
羽ばたき。
水滴を散らして、白い雨の中へ飛び立っていく。
どこへ運ばれているのかもわからない。
何をしているのかも、ほんとうのところは知らない。
けれど――
これだけは、確かに“俺の進む道”なんだ。
山も、鳥も、種も。
全部が、俺に行く先を示してくれている気がした。
「……でも、来た道を戻ることでもあるのか」
自分に言い聞かせながら足を返す。
先ほど埋めた場所へもう一度戻った。
湿った土をそっと柔らかく掘り返す。
「頼んだぞ」
カァ。
さっき蒔いたばかりの場所をひとつずつ巡る。
返ってくる声はいつも同じ。
でも、そのたびに胸の奥が熱くなる。
小さく育った
何度も何度も繰り返す。
気づけば、俺が送り出せる”姫”はすべて空へ旅立っていた。
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