第二話 紅葉散る刻
約束の時刻、街外れの公園は夕日に染まっていた。まるで血のように鮮やかな紅葉が、風に吹かれてはらはらと舞い落ち、地面を赤く埋め尽くしている。その中に、リリアーナはぽつんと一人、立っていた。
傍らには、彼女のささやかな人生を詰め込んだであろう古びたトランクが置かれている。駆け落ちという未来に、期待と不安をないまぜにしたような表情で、彼女は恋人の到着を健気に待ち続けていた。夕暮れの光が、その白い頬を儚げに照らし出す。
「……」
だが――約束の時間を過ぎてもエドヴァルトは現れない。代わりに公園の入り口に姿を見せたのは、夕闇に溶け込むような黒衣をまとった複数の男たちだった。その手には鈍い光を放つ剣が握られている。尋常ならざる雰囲気に、リリアーナの表情がこわばった。
「――!?」
男たちはゆっくりと間合いを詰め、彼女を取り囲む。リーダー格と思しき男が一歩前に進み出た。
「リリアーナ・ブラウエル嬢とお見受けする」
冷たく、感情のない声だった。
「……どなたですの?」
か細い声で問い返すリリアーナに、男は無慈悲な宣告を突きつける。
「エドヴァルト様からの伝言だ。『悪いがこのまま消えてくれ、この世から』。……おとなしく逝ってくれるなら、苦しまずに済む」
その言葉は、冷たい刃となってリリアーナの心臓を貫いた。愛を誓ったはずの男からの、死の宣告。甘い約束は、すべてが偽りだったのだ。
――裏切られた!
その絶望が、彼女の顔から血の気を奪っていく。潤んでいた瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
その頃、アーレンベルク伯爵邸では、まばゆいばかりの婚約者披露の宴が催されていた。
巨大なシャンデリアが放つ幾万もの光が、大広間に集った貴族たちの宝飾品に反射してきらめいている。優雅な音楽、楽しげな談笑、高価なワインの香り。そこは、リリアーナがいる殺伐とした公園とは別世界の、光に満ちた空間だった。
その中心に立つのは、エドヴァルト・フォン・アーレンベルク。純白のドレスに身を包んだ完璧な淑女、イゾルデ・フォン・ヴェルテンシュタインを隣に伴い、彼は貴族たちの祝福を一身に浴びていた。
「おめでとう、エドヴァルト。ヴェルテンシュタイン侯爵家のご令嬢とは、これ以上ないお相手だ」
「アーレンベルク家の未来は安泰ですな!」
向けられる賛辞に、エドヴァルトは完璧な笑みを浮かべて応じている。だがその心は、鉛を飲み込んだように重かった。罪悪感が彼の胸を絶えず苛んでいた。今頃、リリアーナは公園で自分を待っているはずだ。何も知らずに。
(すまない、リリアーナ……。君を裏切ってしまった。だが、私には逆らえないんだ……)
両親の満足げな顔、家門の期待。その重圧が、彼のささやかな反抗心をいとも容易く打ち砕いた。彼は、愛よりも家を選んだのだ、いや、選ばざるを得なかったのだ。
リリアーナと駆け落ちしようという言葉に嘘はなかった。ただ、全てを見張られていた。そして、説得された。それを押し返す気概が、エドヴァルトにはなかった。
「すまない、本当に、リリアーナ……」
その呟きは、祝賀の騒ぎの中にあえなく消え去っていった。
一方、夕暮れの公園では、リリアーナを取り囲む黒衣の男たちが、ゆっくりと剣を抜き放っていた。陽の光が地平線の向こうに消え、世界が闇に包まれようとするその瞬間、一人の男がリリアーナめがけて凶刃を振りかざした。
きらびやかな伯爵邸に響き渡る祝福の拍手と、冷たい公園に切り裂かれる風の音。
光と闇が、無情に二人を隔てていた……
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