第2話 この国のために

「なんだあのネーネというやつは!俺をロリコン扱いして!

 だってまさかあんな小さい子が来るとは思わなくて……ちょっと間違っただけじゃないか」


 レオンハルトは執務室の扉をバンと開くと、早足で歩みを進めた。

 後ろからついてきていた騎士団の副団長、かつ幼馴染であるディートリッヒは笑いをこらえながら口を開く。


「本当に、レオンハルト殿下に対してあのようなお言葉、失礼千万ですね」


「……お前もバカにしているだろ。その気持ち悪い口調、やめろよ。

 この国のためには一刻も早く聖女には修業を始めてもらいたいのに……あの“男”がそばについている限りはうまくいかないだろうな……」


 上着を脱ぎ、丁寧に形を整えてハンガーにかけている幼馴染はいったい何を言っているのか、ディートリッヒは首をかしげながら問いかける。


「ん?レオ、男って誰のことだ?」


「あいつだよ!あのネーネとかいう男!聖女の兄だろ」


「兄!?……うーん、 “姉”じゃないの?」


「そんなわけないよ、あの作業着見ただろ?聖女の方は質素だけどきちんとワンピースを着ていたじゃないか。あの服はきっと男だよ」


「……レオ、そういった偏見はあまりよろしくないと思うけど」


 ディートリッヒは、あまりにとんちんかんな発言をする幼馴染に呆れ、肩をすくめた。


「まあ確かに、レオが言うように聖女への影響がでかすぎる分、要注意ではあるわな。

 でもネーネって、地味だけどすごい可愛い顔してたよな!あれはきっと将来化けるぞ……。けど、俺はほら、セクシーなレディが好みだからお付き合いはなしかなぁ――って、イッタ!!!」


「何を言ってるんだお前は、本当!!……いつか刺されるぞ!」


 ディートリッヒはしゃがみこむと、叩かれた後頭部を優しくさすった。


「だからって、レオの馬鹿力で叩くことないだろ」


 レオンハルトは鼻を鳴らすと、ぷいとそっぽを向いた。

 そして、やけに真剣な表情をするとあごの下に手を当て、小さくつぶやいた。


「だが、要注意……そうだな。あの丸くぱっちりとした目も、柔らかそうな髪も、噛みしめていたピンクの唇も、なぜか目がそらせなかったしな。

 ……男だが要注意だな、うん」


 ディートリッヒは生温かい目をして、1人で納得している幼馴染を見つめた。


「レオ、それなんかおかしくない?」


「なんか言ったか?」


「……まあ、おもしろいからいいか」


 キョトンとした顔でこちらを振り向いたレオンハルトに苦笑すると、ディートリッヒはスッと立ち上がり、ドサッとソファに座り込んだ。


「いや、なんでもない。それよりも、これから早速国王陛下に報告しに行くのか?」


「うーん、報告は明日、いや、明後日でいいかな」


「え、なんでだよ。早く報告して認めてもらえばいいじゃねえか」


「想定外に2人召喚してしまったんだ。あの女になにか悪だくみされちゃ、たまったもんじゃないだろ。

 それに何より、2人とも混乱していたしな。本人たちの気持ちが落ち着いてからの方がいいだろう?」


「まぁ、確かに?」


「聖女の修行に2人の礼儀作法の習得……やることは山ほどあるが、それらはまだ先でいい。大々的にお披露目するつもりもないしな。

 まずは2人の生活に不足がないか、それだけ気にかけよう」


「お前ってホント、なんだかんだ優しいよな。俺ぜってー今すぐにでもお前が王になるべきだと思う」


「不敬だぞ」


「ハイハイ、すみませんでした~」


 悪びれる様子もなく手をひらひらとさせるディートリッヒを見て、レオンハルトは少し口角が上がった。


「明日は2人を休ませて、明後日父上に報告する。

 ディート、クラウスとヨーゼフにもそう伝えてきてくれ」


 ディートリッヒは短く「了解」とだけ言うと、あくびをしながらおもむろに部屋を出て行き、扉が静かに閉まる。

 レオンハルトはクラバットを外して胸元を緩めると、ため息をついてソファに沈み込んだ。


「涙目だったよな。

 この国のためと思ってやったのに……はぁ、なんだか悪い事をしている気分になるな」


 ちくりとする胸の痛みを感じて目を閉じると、いつの間にかレオンハルトは眠りに落ちていた。



 ***



「魔物か……」


 妹のカリンを寝かしつけたネーネは、この国について書かれた本を閉じると、大きなベッドをそっと抜け出した。

 先ほど宰相から借りた本は、まだ数冊残っていたが、どうにも気が滅入る。


「バルコニーにでも出てみようかな」


 ネーネは空を見上げ、深いため息をついた。


(星空は、同じなんだけどな)


 この国には魔物がいる。

 そのため、数百年に一度現れる聖女が聖なる力でこの国を守ってきたらしい。


「この国は魔石がたくさん採れるから、その代わりに魔物の被害も大きいっていうのはわかったけど……はぁ、でもやっぱり、こんな小さなカリンに聖女の仕事をさせるのはなぁ」


 ネーネはバルコニーの手すりに腕を乗せ、顔をうずめた。


「しかも何あの本、具体的なことは何も書いてないじゃん!まずは説明くらいしろ、バカ王子!

 ……ん?というか、なんで私は日本語でもない本を読めたんだ?」


 ネーネは、体を起こすとあごに手を当ててしばし考え込んだ。


「うーん、わからん」


 冷たい風が頬をくすぐり、ネーネは少し身震いをした。


「とりあえず、帰れないんだったこのままくよくよしてても仕方ないし、まずはもっとこの国を知らなきゃだよね

 カリンに負担をかけないためにも、何か私にもできることを探そう……よし、がんばれ、私!」


 両手で自分の頬をぴしゃりと叩くと、くるりと振り向いて部屋に戻るため歩き出す。

 その瞬間、ネグリジェの裾が夜風にふわりと揺れた。

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