012 : 月明かりの音楽室

【今回のお題】

 時計の針が逆に動き始めた日/誰もいないはずの教室から聞こえるピアノの音/夢の中でしか会えない友達

 

【完成した作品の味わい】

 しんみり幻想譚



   ★   ★   ★



 夜ごと、見る夢がある。

 小学校の音楽室。ピアノを弾く少女。ショパンのノクターン Op.9-2。

 僕はそれにうっとりと聞き入る。

 夢の中でしか会えない、僕の友達――



  ◇  ◇  ◇



 僕が通っていた小学校が廃校になった。

 このまま取り壊されることが決まっていたので、思い出作りのために忍び込むことにした。



 とある夜。

 木造の校舎の中をゆっくりと歩く。廊下はギシギシと音を立て、危なっかしい。

 月明かりが校舎の中を照らす。

 昔お世話になった教室。机と椅子はこんなにも小さかったのか。



 音楽室に差し掛かった。

 誰もいないはずの教室。だが、ピアノの音が聞こえる。

 「僕の他にも誰か来ているのか」と思い、そっとドアを開いた。


 ――中には誰もいなかった。

 埃を被った、今にも崩れそうな教室の真ん中に、古いピアノが一台あるのみ。


 だが、ピアノから時折、確かに音がする。


  ♪ミ・ラ・ミ♭・ラ・ソ・ラ・シ


 何かを訴えるように、何度もその音型を繰り返す。


 僕は何か意味があるような気がして、ノートに書きとってみた。

 その音型は、英語の音名では”E-A-Eb-A-G-A-B”。規則性は見いだせなかった。

 ドイツ音名に置き換えてみる。”E-A-Es-A-G-A-H”――。なんだろう。

 ”Es(エス)”を”S”と読み替えてみる。


 ”E-A-S-A-G-A-H”。


 何か引っかかる。僕はこのアルファベットを見たことがあるような気がする。

 例えば、持ち物に貼られた名札のような――。名札?そう、名前だ。


 逆から読んでみる。


 ”H-A-G-A-S-A-E”。「はがさえ」。


 ――そうだ、思い出した。「芳賀紗枝」だ。



 彼女は小学校時代の僕の友人だった。

 よく音楽室で得意のピアノを聞かせてくれた。

 彼女は小学校の卒業を待たず、事故で亡くなってしまった。


 僕は彼女の名前を、正しい順番で演奏した。


  ♪シ・ラ・ソ・ラ・ミ♭・ラ・ミ


 その瞬間、時計の針が逆に動き始めた。

 教室やピアノは昔の姿を取り戻し、僕も小学生に戻っていた。


 ピアノに向かっているのは、子供の頃よく遊んだ芳賀紗枝。


 「君なら来てくれると思った。最後に会えて嬉しかった」


 そうして、彼女はピアノを弾き始める。

 ショパンのノクターンが月明かりに溶けていく。


 最後まで弾き終えると、彼女は笑みを浮かべたまま、静かに消えていった。



 気がつくと、僕は埃を被った壊れかけの音楽室に、一人きりでいた。

 月明かりが、僕たちの思い出を、優しく包んでくれていた。




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