008 : 月に飛ばしたメロディ

【今回のお題】

 月光の郵便箱/紙飛行機/約束のメロディ


【完成した作品の味わい】

 しんみり人情話



   ★   ★   ★



 秋の夜風が肌を撫でる。

 空には雲ひとつなく、満月が街を静かに照らしていた。


 死ぬならこんな夜がいい。そんなことを、ふと思った。

 先ほど、友人の通夜に出席した帰り道だった。

 亡くなったのはピアニストの尚人。俺のジャズ仲間だ。

 彼は一昨日、交通事故に遭い、帰らぬ人となった。


 あの雨の日、いつものジャズバーで二人きりで演奏した”I Remember Clifford”。

 あれが最後になるなんて思わなかった。


 ぼんやりとした気持ちのまま、家に到着した。

 ふと俺は、古びたアパートの前にある赤い郵便箱に目を留めた。

 普段は気にも留めないそれが、月光に照らされて、まるで何かを語りかけてくるようだった。


 近づいてみると、一通の封筒が差し込まれていた。

 その差出人の名前を見た瞬間、胸が締め付けられた。


「今度会ったら、この曲をセッションしよう。約束だぜ!いいメロディが浮かんだんだ」


 中には、手書きの楽譜が一枚。

 送り主は尚人だった。


 手紙は、事故の前に投函されたのだろう。

 それでも、彼の筆跡は力強く、音符は生きていた。

 それは通夜で見た、青白くなってしまった彼とは真反対だった。

 

 俺はトランペットを抱え、静かな河原へと向かった。

 月が高く昇り、街の喧騒は遠ざかっている。

 静寂と月明かりの中、俺は楽譜を見つめ、息を吸い込んだ。

 

 メロディが夜空に溶けていく。

 尚人のピアノが聞こえてくる気がした。あの独特のタッチ、リズム、そして笑顔。


 セッションは、今ここで始まっていた。


 曲が終わると、俺は楽譜を丁寧に折りたたみ、紙飛行機にした。

 尚人に届くように、月に向かって飛ばす。

 

 風に乗って、紙飛行機はゆっくりと舞い上がり、月の光に包まれて消えていった。


「また、セッションしようぜ」


 俺はそう呟き、トランペットを胸に抱いた。




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