第九話:ぷらり途中下車! 温泉旅行はお忍びで!?
魔王城へ向かう道が険しいのは当然のことだと思っていた。
雪山の奥にある、暗雲に包まれた不吉な城――うん、いかにもラストダンジョン。
スマホで雪山登山用の装備を注文し、筋肉全開で走り抜ける覚悟を決めていた。
「ゆかりん、そんな顔しなくても……」
「雪山だから真面目だけど、これも旅行プランっぽくてワクワクしてるのよ」
アリシアが苦笑いする。
「わたくし……ついて行けるかしら?」
デルマはまだ療養中、包帯グルグルで回復魔法を帯びた湿布を貼っている。
リュガルドだけは、雪山でも火山でも問題なさそうね。
――そんなとき、あたしはふとスマホを取り出してしまった。
「一応ルート検索してみよう。登山道くらいはあるかも」
魔王城、ルート検索。検索ボタンをタップ。
……出た。
【登山鉄道ルート:所要時間 約40分】
「ほほう!?」
思わず歓喜の声が出た。
車両の写真まで載っている。赤い車体、展望デッキ付き、観光地仕様だ。
「まさか魔王城、観光地化してるの?」
「口コミ五つ星だったじゃないですか」とアリシア。
「それでいいのかとも思うけど……観光地大好きだからいっか!」
そんな訳で、あたしたちは登山靴のかわりに切符を買って、登山鉄道に乗り込んだ。
発車のベルが鳴る。車窓には一面の銀世界、湖に、険しい山々。
――登山鉄道、趣があるわね〜! スイスのやつ憧れてたのよ♪
◆
魔王城駅途中の『地獄温泉郷駅』手前でアナウンスが流れる。
『次はー、プカリ浮かんで夢心地、地獄温泉郷駅~、お降りの際はお手回り品お忘れ物のないようご注意くだーさい』
その瞬間、あたしは立ち上がっていた。
「みんな! 降りるわよッ!」
完全に反射だった。
「ゆかりん、魔王城はまだ先ですのよ」
「そんなこと……温泉を前にして、なんの意味があるというの?」
「お、仰る通りですわ!」(なんて素敵なの)
(姐御と温泉……)←リュガルド
(魔王城を前にして、温泉に寄る余裕はどこから!?)←デルマ
こうしてあたしたちは、魔王城に行く途中で寄り道を決めた。
デルマの湯治にもなる、と思いついたのは後だったとは言えない。
◆
雪に囲まれた温泉郷は静かで、どこか懐かしい雰囲気。あちこちに湯けむりが漂っている。
――硫黄泉ではないみたいね。
宿の看板にはこう書かれていた。
『筋肉に効く湯』『戦いの傷を癒す湯』『美容の湯』『ドラゴン同伴可』
「筋肉に効く湯……!? これはもう宿泊確定ね」(効くとは?)
「姐御! ドラゴンも同伴可能だって!」とリュガルド。
「よかったじゃない、アンタも入れるわね」
「やった! 一緒に温泉!」
「アンタは雄なんだから別よ」
あからさまに落ち込むリュガルドを他所に、あたしたちはチェックインを済ませ、それぞれ温泉へ。
雪が舞う露天風呂で、あたしは肩まで浸かった。
「はぁぁぁ……筋繊維がほどける……」
「ゆかりん、温泉に入るのに身体強化が必要なの?」
「ん? スキルは使ってないけど……これは素の筋肉だよ」
アリシアが隣でうっとりしている。
「アタイも筋トレを続けないとな」
「ええ、筋肉に近道はないの」(って書いてあった)
一方、ドラゴン用の湯ではリュガルドが一人。
「俺だけ広いのに、誰もいない……さみしい……」
遠くから聞こえるその声に、あたしたちは笑ってしまった。
◆
夜は旅館の豪華な夕食。雪国の食材をふんだんに使った料理、そして香り高い地酒。日本酒みたい。
湯上がりの頬が赤いまま、あたしは箸を止められなかった。
「やっぱり居世界は、戦いより観光よね」
「わたくしも同感ですわ」
「……まぁ、でも大体この辺で敵が出てくるのよね」
冗談半分で言ってみたが、本当に何も起きなかった。
あまりに平和で、逆に不安になる。
あたしはフロントに行って訊いてみた。
「なんか、困ってることないですか?」
「え? 特には……」
「魔族が妙な勝負を挑んでくるとか?」
「ないです」
「呪われた露天風呂とか?」
「ないです」
「ダンジョンから魔物が出てきて困ってるんでしょう?」
「いいえ」
「山賊が出てこま……」
「困ってません!」
「そうですか……」
逆にがっかりしてしまう自分がいた。
部屋に戻る途中、バーの前を通りかかり足が止まる。
残業終わりを思い出す――もうみんな寝ちゃってるだろうし、一杯やってくか。
あたしはふらりとドアを開けた。
◆
静かなカウンター席、ピアノのBGM。
グラスを受け取りながら、あたしは一口。
あぁ……
ぼんやりとした灯りの中で、あたしはスマホを手に取った。
明日の筋トレメニューを確認していると、隣に一人の男が座る。
一見すると筋肉とは無縁そうだけど――あたしにはわかる。
ビンビンと伝わってくる筋肉エネルギー……間違いなく服の下は細マッチョ。
「お一人ですか?」
「いいえ、あたしはいつも筋肉と一緒よ」
「ははは、僕と同じですね」
――このやりとりから始まる。
「僕は魔王、貴女は?」
「あたしはゆかりんよ」(マオ? 見た目に似合わず随分かわいい名前ね)←肝心な所を聞き間違う
「ほう、貴女がかの有名な筋肉聖女ゆかりん様……」
「よしてよ、恥ずかしい。ゆかりんでいいわよ」
温泉の話、筋肉の話、旅の話で盛り上がる。
ゆかりんが筋肉論を熱弁すると、彼は静かに笑う。
「筋トレ……いい言葉ですね。力を磨くとは、そういうことか」
「あたしも最近始めたんだけどね」
楽しい時間はあっという間に過ぎ……。
「筋肉と美容に悪いから、そろそろ休むわ」
「楽しい時間をありがとうございました。貴女とはまた……会える気がする」
「ええ、そうかもしれないわね」
マオがあたしのことを引き留めることはなかった。
ナンパかと思ったけど……同じ匂いがして話しかけただけだったのかもね。
◆
翌朝、体調も万全になったあたしたちは魔王城へ向かう登山鉄道に乗り込む。
「姐御〜、昨日は遅かったけど、何してたの?」
「うふふ、楽しいデートよ」
「デデデ・デデデ・デデ……」←バグってるアリシア
(これから敵の本拠地に殴り込むってときに、なんなんだこいつら……)←デルマ
魔王城ってどんな場所なのかしら? 筋トレ施設がある☆5の観光地……期待が高まるわね。
あたしたちを乗せた鉄道は、魔王城へと走り出す。
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