第2話 至

 カインはできる限り世界に痕跡を残さないようにギリギリの隙間を作って別の世界へと渡った。そして、自らの身体よりも魔王と、その魔王が守っていた扉を保護するために力を払っていた。

 神の眼から逃れるように慎重に慎重に探って手繰り寄せた世界への道を、カインは今、薄氷を進むかのリスクを抱えながら跳んでいる。

 カインは幾度となく世界を救ってきた。つまり、世界を渡っている。

 神が作る異世界への道は完璧だ。

 彼を神の望む時間場所へと正確に送り込む。

 カインはその世界をわたる中でその方法を模索し、ついに習得した。

 しかし、その力は一介の生物が行使できるような代物ではないことも同時に理解した。

 カインはその力をつけるためにもとにかく世界を救い続け、自らを鍛え上げ続けてきたのだ。


「それでも、これかよ……」


 眼の前に広がる細い細い道、一歩踏み外せば世界の狭間に露と消える。遥か遠くに煌めく世界の輝き、その中のただ一つの世界にたどり着く蜘蛛の糸の上を歩いているような感覚だ。

 しかも、狭間の空間には純粋な力の奔流が無茶苦茶に吹き荒んでいる。それに巻き込まれれば簡単に消し飛んでしまう。


「……これほどか、神の加護、その偉大さが身に染みる」


 カインの人生を永遠とも思える時間縛り付けていた神の力をこれでもかというほど見せつけられている。


「派手な動きはできない、神に見つかれば、全てが終わる」


 そう、カインも本気で力を使うことが出来なかった。最低限の力でこの絶望の道を乗り越えて新たな世界の入口を掴み取る。それがカインに残された解放への唯一の道なのだった。

 身を守る最低限のオーラを突き破り身を切る膨大な力の刃が容赦なくカインに叩きつけられる。それでもカインは一歩一歩その足を進めていく。 

 狭間では時間の流れでさえ一定ではない、永遠にも思えるような時間が一瞬で過ぎ去ったり、老いたり、時には若返りさえする。

 神のせいで普通の人間の輪廻から外されたカインでも過労の消費や若返りの負荷は肉体と魂にのしかかっていく。

 

「……いっそ消えてしまえば……」


 そんな考えも何度も浮かんだが、勇者が死ぬと魂を呼び寄せられ復活させられる可能性もある。


「おお、なんということだ勇者カインよ」


 と、人の王に言われたら絶望するしか無い。

 全てを失い消滅したと神に思わせることが大事だ、どうせ大した執着もなくそんなこともあるかと別の人間にまた標的を合わせて自らの尻拭いを背負わせることは目に見えている。


「俺は、俺として生きて死ぬために、ここで諦めるわけには行かないんだ……」


 カインは過去の旅で数々の困難を乗り越えたことを思い出しながら道を進んでいく。死よりも辛い目は幾度も出会った。胸が張り裂けるような別れは星の数だ。

 なぜ自分がこんな目に合わなければいけないのかなんて疑問はもう風化して消えている。

 それでも、彼は世界を救い続けることを強いられ続けて生きてきた。

 そして、ようやくその呪いから解放される僅かな道筋を見つけ、今、必死にその道を歩んでいる。どんなに苦難が続こうとも、彼の歩みが止まることはなかった。


 どれぐらいの時間がたっただろう。

 ある世界では、世界が生まれてから滅びるまでの時間が過ぎ去ったかも知れない。

 いや、一瞬だったのかも知れない。

 共に神相手に博打を打ってくれた魔王の顔が、彼の最後の糸を手繰り寄せた。

 彼の眼の前に示された蜘蛛の糸が、ついに光へとたどり着いたのだ。


「……」


 カイン、自らの事をカインだということも忘れかけていた誇り高き魂が、ついに世界の扉に手をかけ、その中に飛び込んだ。


「ああ……気持ちが、いい……」


 頬に吹き付ける、いや、顔に叩きつける風、ジリジリと身体を焼く太陽……


「うおっ!! アブねぇ!!」


 空中からの自由落下、地面に激突する寸前にカインは意識をはっきりと取り戻し魔力によって浮遊する、が、すぐに落下してしまう。


「くっ……力が……」


 なんとか地面に着地した。


「あっつ!!」


 焼けた砂の大地、砂漠にカインは着地した。

 身体の調子を確かめながらゆっくりと立ち上がり、燦々と降り注ぐ光にゆっくりと目を慣らしてから周囲の様子を確認する。

 

「最悪……でもないか、いや、まずいか……魔王、達、悪いな……」


 封じていた自らの生み出した狭間から魔王と扉を引きずり出し、扉をすぐに展開する。そこでカインは全ての魔力を使い果たした。久しぶりの感触だった。身体の熱が全て奪われるような、凄まじい頭痛に襲われる。


「……こ、ここは!?」


「わ、悪い……ちと、ヘマした……ちょっと、寝る。少しだけ、耐えていてくれ……」


「お、おい! 勇者! どういうことだ! おい!!」


 激しく身体を揺さぶられるも、カインは意識を押し留めることは出来なかった……



「うっ……」


 突き刺すような日差しは鳴りを潜め、薄暗い場所で目を覚ます。眼の前には周囲の者に指示を出す勇ましい女性の姿が見えた。


「魔王……?」


「おお、目を覚ましたか。全くなんというところに連れてきたんだ、皆もうクタクタだぞ」


「悪いな……いててて……」


「それに何だその体は、全身ぼろぼろじゃないか」


 カインは自分の体を確認すると、魔王の言う通り全身ボロボロ、至る所の古傷が顕在化したような姿になっている。そして、自分が何か布のような物の上に寝ていることに気がつく。


「光栄に思えよ、我が外套は古の魔獣ギオウルフの皮で作られた一品ぞ」


「……素晴らしい肌触りだ」


「で、どういうことか説明してもらおうか、勇者よ」


「そのまえに、こちらの方々は? 数万の魔王軍が出てきているのかと思ったんだが?」


「……アレは嘘だ。あの扉は、魔界に残した非戦闘員、本当に貴重な、始祖の生き残りの数十名のみ。戦う力を手に入れた者たちは皆あの世界に攻め込んだのだ」


「そうか、でも、おかげでここにたどり着いたのか、ありがとう、皆さん」


 カインの礼の言葉に魔人達はたいそう驚いた。


「変わり者だな勇者は、人間が魔人、亜人種に礼を言うなぞ」


「そりゃそうだ、俺は神嫌いで人間嫌いの勇者だからな」


「くっ、はは、はははっ、はーっはっはっはっは!!

 そうだったな、命をかけてまで神を騙す勇者か!

 いや、愉快愉快!!」


 大笑いする魔王の顔が、一番ステキだとカインは素直に思うのだった。





 

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