神を騙した勇者は、魔王と生きる
穴の空いた靴下
第1話 謀
雷鳴轟く王座で二人の人物が対峙している。
一人は白銀の鎧に身をつつみ、その手には神聖な気を発する聖剣が握られている。
勇者カイン。
王座を照らす松明の明かりがゆらめき彼の表情を照らし出す。
大きく見開かれた眼には決意の色が現れ、真一文字に結ばれた口、男らしい眉とすっと通った鼻筋、雄々しくも凛々しいその顔立ちは街を歩けば黄色い声を浴びる。
一方対峙するのは魔王ベテルギウス。
この世界を壊滅に追い込んだ最強の魔王。
闇夜のような漆黒な黒髪は風に揺られ、身を包む黒衣のベールから伸びる長い四肢、それに弾む胸元、手に持つ黒刀は魔剣ガルガンガル、光を飲み込むその斬撃に多くの戦士たちが倒れてきた。
切れ長の瞳に薄い唇、その冷徹な眼は真っ赤に光っている。
長身の美しい女性のような容姿からは想像もできない極大魔法の使い手でもあり魔界最強の剣士でもある。
「しぶといのう……いい加減諦めたらどうだ?
我軍を倒したきでいるが、まだまだ魔界には幾万もの兵士たちが今か今かと扉が開くのを待っておるぞ?」
「……ならばなぜその軍勢を呼んで一気に戦いを終わらせなかった?
扉を開くことが出来ないからだろう、魔王ベテルギウス、4天王を始め多くの戦士たちはすでに世界の川を渡った……お前も元の世界に戻る時が来たのだ!」
「くっ! 減らず口を!!
我らがどんな想いでこの世界に戻ってきたと思っている!
神に虐げられ、地獄のような世界に封じられ、数多の仲間の犠牲を踏み越え、力をつけ、ようやくこの世界に復讐する機会を得たのだ!!
同胞たちのためにも、必ず世界の扉を開けて、神に復讐してやるのだ!!」
「……すまないが、勇者としてそれを果たすわけには行かない……」
「神の犬め、もはや問答はいらぬ!! 力を持って決するのみ!!」
魔王の黒刀は光を飲み込む無数の漆黒斬撃でカインに襲いかかる。
一方カインは聖剣の放つ光の刃でそれを受け止める。
「なぜだっ!! なぜここまできて勇者一人に我らの野望を、復讐を……っ!!」
「全ては、神が、世界を産みし神が……」
「神、神、神、神!! おのれ神めっ!! 今生では無理かもしれんが、必ず、必ずその息の根を止めてやるぞ!!」
「……わかる」
小さな小さなつぶやきは魔王の耳には届かなかった。
魔王はすでに悟っていた。自らの剣が神の使者たる勇者を討つことが出来ないこと。勇者により自らが滅ぼされることを……
「うおおおおおおっ!!」
しかし、魔王は諦めるわけにいかなかった。彼女の双肩には魔王軍数万の悲願がかかっている。負けるとわかっても止めるわけに行かないのだ。
「ふんっ!!」
魔王の全力の一撃をカインはしっかりと受け止める。
二人の剣が交差し、魔力と聖力がバリバリと空気を揺らす。
『魔王、静かに聞け』
「!?」
そんな中、幾重にも秘匿魔術をかけられた声が魔王に届く。
『反応するな、この戦いは神に見られている』
ガチガチと魔剣と聖剣がぶつかり合い反発し、火花をちらし、その光が魔王と勇者の顔を照らし出す。今にも泣き出しそうな魔王の表情と、そして、悲しみに満ちた勇者の表情を……
『俺はもう休みたいんだ……神の使者を止める。そのためにお前の力を借りたい。
お前の眷属も悪いようにはしない。頼む、俺の頼みを聞いてくれ……もう、疲れたんだ……』
その語りには、深い諦めと悲しみ、そして信じるに足る誠意を感じた。
魔王は戦いを続けるふりをしながらもその声に耳を傾けることにした。
そしてカインもまた戦いを続けながら会話を続けた。
『勇者になってからいくつもの世界を救った。来る日も来る日も、もう何度続けたのかもわからない。世界を救うと何が起こるかわかるか? 次の救うべき世界が始まるんだ。終わることなく永遠にだ。確かに、救いたいと思う世界もあったが、酷い世界だってあった……神は、あまりにも人間を贔屓しすぎている……』
魔王にも思い当たるフシがある。この世界の神は、人間にとっては神だが、それ以外の存在にとっては邪神と言っても良いかも知れない。
人間以外の存在は虐げられ、時に奴隷のように扱われる。
魔人もそうだ。生まれが魔人であるというそれだけの理由で生きる場所を奪われ、人間から逃げ惑うように生きなければいけなかった。
『何度も逆らおうとしたが、許されなかった……俺が拒めばもっと酷い事が彼らに降りかかることも多かった。悪辣なことに、自らの手は決して汚さず、使徒にそれを背負わせる……気が狂った仲間もいた。諦め、感情を無くした友もいた……。
俺の神は狂っている。しかし、神には決して至れなかった……俺はもう、戦うことを諦めた。逃げたいんだ、この運命の迷路から……だから、魔王、過去に戦ったどんな魔王よりも強大でそして美しい魔王、貴方に俺を逃がしてほしい』
魔王は思わず剣を落としそうになった。
世界の全てから、仲間からも、絶対的な恐怖の対象としか扱われたことがない彼女にとって、美しいなどという言葉を投げかけた存在など皆無だったからだ。
もちろん、魔王の外見はとても美しいものだった。
芸術品と言っても差し支えないだろう。
しかし、溢れ出す魔力はそれだけで人間の魂を滅し、魔人を魔獣さえもひれ伏せさせる。そんな存在だ。
『次の一撃で俺は貴方を次元の間に飛ばす。そして俺が魔王を倒し、そして扉を破壊した後に背後でその隙間を開く、その時に俺を殺してくれ。
扉の破壊といっても実際には神の眼の届かない世界に弾き飛ばす。そして魔王に殺される直前、俺も、そして貴方もその世界に飛ぶ。
すべての力を異世界への跳躍へと使うのだが、それを俺の死と神に錯覚させる。
次の勇者には申し訳ないが、俺はもう、逃げる、全力で逃げる。
跳んだ先の世界でどう生きるかは魔王に任せるが、俺はもう普通に生きて死にたい。どうだろう、もし乗ってくれるのなら、次の交差する場面で剣を高々と振り上げ「もらったぁ!!」と叫んでくれ、もし受け入れないのであれば、次の相手を探す旅に戻る』
二人の剣が激しくぶつかり合い距離を取る。
緊張が魔王の王座に張り詰める。
カインは祈った。魔王がこの荒唐無稽な頼み事を聞いてくれることを。
「行くぞ、魔王」
「……ああ」
二人の影が一気に近づく。
「もらったぁ!!」
魔王は剣を振り上げ叫んだ!
ありがとう。
カインは聖剣に力を込め、巨大な光を魔王に打ち込んだ。
光に飲まれた魔王は、一片も残らず消え失せるのだった……
「魔界へと続く扉も、破壊させてもらう。
これで、この世界は救われる」
王座の裏に隠された結界を聖剣で切り裂くと、巨大な扉が現れる。
「これで、終わりだ」
扉に向かい再び巨大な光球を放った。
その瞬間、カインの背後から漆黒の刀がカインの胸板を貫いた。
「なん……だと……?」
「はははは、ユダンシタナ!!」
アドリブが下手すぎる!! カインは怒鳴りつけたかったが、そんな暇はない、すべての力を解放し、全身を光が包み込む。
「この世界を救うため、俺の全てを今!!」
カインを中心に光が爆発し、周囲一体を吹き飛ばした。
爆風が魔王城を破壊し、周囲をなぎ倒していく……
全ての暴風が吹き止んだ時、その場には、何一つ残っていなかった。
カインはこの世界を救い、その身を犠牲にして散っていった。
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