『第四話・2: 《紅晶断罪》(クリムゾン・ジャッジメント):世界律の軋む朝』

その時、砦の奥から――

紅晶の脈動を“まるごと縦に裂いた”みたいな衝撃音が走った。


直後、新手の紅晶兵が壁を破る勢いで一斉に雪崩れ出てくる。

夜明け前の淡い群青が、赤光に押し潰されるように揺らぎ、大地が“前へ押し寄せる波”みたいに低くうねり、朝の静寂そのものが、赤に飲まれていった。


リリアは歯を食いしばり──

胸の奥で燃える“あの日の残火”を、剣にまるごと叩きつける。

――あの日、自分のせいで救えなかったもの。その影が、炎みたいに喉の奥を刺した。


「――まとめて斬る!!」


魔剣レーバティン・ゼロの剣身が眩い赤光を帯びた。

刃の紋様がひとつひとつ呼応し、空間そのものに紅蓮の亀裂が走る。

森が一瞬で昼の白さに塗り替えられた。


「──紅晶断罪クリムゾン・ジャッジメントッ!!」


放たれた一閃は、

“斬撃”というより―― 大陸の縁そのものをぐいと折り曲げる赤い津波だった。


直線上の兵が一瞬でまとめて呑まれ、

巻き起こる反動で地面が波打ち、

土が爆ぜ、根が引きちぎられ――


足元の大地がまず“下から吸い上げられるように”盛り上がる。

隆起した地層が、力の進行方向へ押し返され、

その“張りつめた皮膚”が耐えきれずにめくれ、

層ごと前方へ裂け落ちていった。


紅晶の鎧は砕ける暇すらなく、

赤光の奔流に触れた瞬間、 熱砂の微粒子へと崩れ散る。

森には、“断層”がそのまま赤光で焼き付いたような、

深く鮮紅の溝が刻まれた。


次の瞬間――

世界の膜がひとつ余計に軋む。


理の流れが、ほんの刹那だけ “逆目を立てた”ようにざらりと揺れ、

世界律の歯車が、かすかに “空回りする音” を漏らした。


「ひっ……ひえええええッ!?

 必殺技名は中二病やのに、威力だけ“伝説級”やんけぇぇ!!」


バチバチバチッ!!

ブッくんのページが過電流みたいに跳ね、黒インクの涙が四方に飛び散る。


「紅晶兵まとめてケーキ入刀どころやない!!

 これもう――大陸まるごとフルスライスやで!?

 ワイ今、地図の等高線ぜんぶ消えた未来チラ見したでぇぇ!!」


さらに バチンッ!! と自分の背表紙を叩きながら、

インクの泡が“ポンポン”と破裂するみたいに悲鳴を上げる。


「ワイさっき、一瞬だけ“世界のサービス終了画面”見えたで!?

 タイトル画面の下に《Continue:不可能》って出とったんやけど!!

 “New Game(新世界創造)”しか押せんやつやこれぇ!!」


そして、誰より小さく震える声で――


「……で、世界はん……

 バックアップ……ちゃんと……取ってるんやろな……?

 ワイらの存在、消えへんよな……?」


衝撃の余韻が森の葉裏にまだ薄く残っている中、

リリアは剣先に宿った紅光をひと払いし、そっと息をついた。


「……うるさいっての。

 必殺技の名前なんてどうでもいいでしょ。倒せりゃ――」


その“言い切り”の直前だった。


わずか、瞬きより短い揺らぎ。

声の芯がすっと掠れ、誇りがうっかり表情の隙間から漏れそうになる。


“誇りを見透かされるのを怖がって、つい素に戻る勇者の顔”。

その一瞬だけ、戦場の空気よりもずっと人間らしい温度が、胸の奥でふっと揺れた。


リリアはわずかに視線をそらし、

声の高さをほんの一段だけ落とした。


「……いいじゃん、別に。」


投げ捨てるような言葉なのに、

語尾の端っこだけ、消しきれない照れが残っている。


(――やっば!! 今の間(ま)、絶対にバレた!!

 よりによってブッくんにだけは、こういうの秒で見抜かれるんだよ……!)


胸の奥で、誇りと羞恥が、ちり、とぶつかる。

その火花だけが、鎧よりも素肌よりも――いちばん正直な“リリア自身”を照らしていた。

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