機械少女の進む道
夢見
先住民模倣情報収集機――百
[突入ポイントに到着、現時刻を持って先行情報収集を行います。本作戦については最高統合システムからの通信をシャットダウン。これについては先住民がある程度の通信技術を有していることに対する警戒です]
一機のポッドが大気圏に突入した。火がポッドを覆い、異物を排除しようとメラメラと燃え盛る。しかし、この光景が見られることはない。ポッドから放出された偏光粒子によって外部から完全に遮断され、圧縮された空気を押し出し……抜けた。
ゆっくりと空を泳ぐように進み、下部スラスターが火を噴く。機体に反動がかかるが、すぐに収まった。なぞるような線を作りながらそのポッドは地球の表面に軟着陸。プシュと音が開き、前方ハッチが開く。
[こちら百。現地語で『地球』にたどり着きました。上空から撮影した情報によりますと、酸素利用生命体が数多く確認。『人間』種族はこの惑星一体に分布しています]
――ふう、終わった。とりあえず『人間』の姿を模倣しないと。流石にスライム状の生物だと情報収集もままならない。ここの原生生物は大したことないのに、なんで私が変わらないといけないのかしら。全艦隊を持って一気に潰してしまえばいいのに。
とにかくさっさと仕事を終えて母星に帰りたい……あ、いい奴がいた。
そいつは真っ白い服を羽織って、スタスタと歩いていく。
どうやら手元に集中しているせいか全く気が付いていないみたいだ。これだから複数の回路を持っていない生物はダメなのよ。全くもって自分の脅威を理解すらできていない。
まあ、やりやすいからいいか。
私は背後から一気にまとわりついた。そこそこ抵抗されると思ったけど、案外力はないみたいだ。穴から体に自分を流し込み、血液をたどってすべてを侵食する。脳? と言う部分は面倒だったけど、すぐに白旗を上げてくれた。
頭の中をのぞく。
お、こいつは技術者らしい。それもかなり上の立場みたいだな……今回は早く終わりそうだ。
骨格利用生物はいまだに慣れない。不定形の方がどこでも移動できるし、すぐに再生できるから楽だと思うんだが、やはり分からんな。とっととこの仕事を済ませてこいつの体から出てやろう。気味が悪くて仕方ない。
ゆらゆらと揺れながら前に進む。こいつの脳から取った情報によると、この先で人口生命体について研究されているらしい。
はあ……
だが、やっているということが分かっただけでそれ以上のことはすべて不明。どうやらこいつは今日初めて出勤していたらしい。まったく不運な奴だ。
くねくねとした道を行き、しばらくすると目的の建物が見えてきた。真っ白い壁と一面丸々のガラス。それなりの建築技術はあるみたいだ。
骨組みは鉄筋。
コンクリートで壁を作っているのか……千年以上前の技術だな。
「お! 今日来てくれた人か」
ん? ああ、ここにアサインされている個体か。おそらくこいつが上司に当たる存在なのだろう。使えるものは使っておかないと勿体ない。
「ああ、すみません。遅れてしまいました」
「別にいいんだよ、ここまでの道はちょっと分かりずらいからね。いやはや、道を真っすぐすればいいと言ったんだが、防犯上の理由で直線じゃない方がいいとさ。これだから実際に使わない人間は困ったもんだ、さあ入って」
ペチャクチャと余計なことを話す奴だな。こういうやつがいるから警備の人間も大変になるんだ。まあ、こいつは分かっていないみたいだが。
とにかく私もこやつに着いていき、セキュリティカード認証を抜け、建物に入った。
内装も白で統一、『人間』の数もそこそこいる感じか。下手な行動は出来ないな……全部取り込んでしまってもいいのだが、私にも上限はある。おそらく八割のデータを理解する前に捨ててしまうだろう。
「ここが君の研究部屋だ。私と一緒に人工生命体について研究してもらう、もちろん聞いているね?」
「はい、聞いています」
「それなら良し。あ、うちの娘がいるんだが気にしないでくれ。ちょっと病気気味でね、最近は良かったんだが、急に病態が悪くなってきて……もちろん父親としては一緒にいてあげたいんだが、あくまでこちらの仕事もある」
「はい」
「結局のところ僕が言いたいのは、娘がいるからちょっと気をつけて欲しいってことだけだ。おーい、千! 新しく助手が来てくれたからごあいさつしなさい」
「「……」」
彼は頭をポリポリとかいた。彼が指さした方向を見てみたが、娘とやらもいない。まあ、子供など大した情報も持っていないのだからどうでもいい。適当にあしらってしまえば大したことはないだろう。
私は彼の言葉に、はいとだけ言って仕事を始めた。仕事とは言っても大したことではない。私自身も人口生命体みたいなものだから、ちょっとだけ変えた自分のコードをパソコンに打ち込んでいくだけ。
ついでに調べみると、どうやらここは技術系の研究を行っているらしい。人口生命体とは言っても、私のようなコード型と、有機生命体を生み出す技術の大きく二つがある。
まあ、有機生命体はすべてコード型の進化力に押されて滅亡したけどな。
そう考えると、こいつは勝ち馬にかけている。
ふう、終わった。さてどうしようかな。あいつはしばらく帰ってこないと言っていたし、他のパソコンからデータでも取り込んでおくか。いまだにHDDなんていう技術を使っているんだ、大したことはない。
私は指からスライム状の体を飛びだたせ、ぬるっとパソコンの隙間に通す。これくらいのデータ量ならすぐに終わり……「あなたダレ?」
声の下方に顔を向けると、私の背後にさっきの娘が立っていた。おっと、見られてしまったか。このまま吸収してもいいんだが、面倒なことはなるべく避けたい。
「私は助手だ」
「助手さんは勝手に他のパソコンを触っちゃダメなんだよ。早くその手を離さないと、お父さんに言いつけちゃうから! いいの!?」
「分かった、やめる」
私は飛び出したスライムをこの肉体に押し込めた。
こいつは千とか言ったな。どうやって黙らせるのが得策か……どうしたものかな。子供を扱う情報は取り込んだこいつの脳にはないし、下手な手を打って言われるのもまずい。
私が最適解を考えている中、そいつは無邪気に言った。
「ねえ、どうしてそこに立っているの? 暇なら私と遊んでよ、ここの研究所って暇で暇で仕方ないんだもん! ね、いいでしょ」
「そう」
「ねー遊ぼうよ。遊んでくれたらお父さんに言わないであげるからさ。お願ーい」
千は私の服に縋り付いてきた。もっといい方法がないわけではないが、ここは『遊ぶ』と言う行為をしてもいいだろう。上司に言わないと言ってるから合理性もある。
……原住民と戯れるのもたまにはいいだろう。どうせ最高統合システムからは切り離されて通信も来ない。私の視界を見られることもない。
「何をするんだ?」
「うーん、何しよっかな。ねえ、あなたの名前って何?」
「私の名前は先住民模倣情報収集機百型だ。適当に百とでも言ってくれ」
「へー。じゃあ百ちゃんだね! 私の名前は
鬼ごっこ……鬼が逃げる役目を追いかける遊びらしい。勝利判定は相手の体を触ることか。この体がどれほども物なのか知らないが、子供に負けるほど弱くはないだろう。何せ大人なのだから。
◇◇◇
はあ、はあ。キツイ。この体は何をしていたんだ? この程度でエネルギーが枯渇してくるとは、まったく貧弱だな。弱点としてデータを取っておこう。
まったく、数分走っただけで息を切らしてしまうとは先住民消失体にすら追いつかれてしまうな。
「おーい百ちゃん! こっちだよーこっち。捕まえてみろっ!」
千は私を見て笑う。よくそこまで口角が上がるものだ。この体では全く上がらなくなっていると言うことは、年齢によって変化する部分の一つなのだろうか。
やはり人間は分からないな。どうにも違和感のある部分が多すぎて我々の考古学史を見ているようだ。
しかし、こいつと話すのは価値がある。私が取り込んだ体にはことわざと言われるものが格納されていた。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』――まずは子供から陥落させていく。
「分かった、今から追いかける」
「ふふっ。でも千ちゃんって遅いから絶対に追い付かないもんねー!」
キャッキャと笑い声を出しながら千は私から離れていく。
もちろん私は追いかけ、千と一緒に森の中に入っていった。
私はザクザクと地面を踏みしめ彼女を追いかける。この体は姿勢制御もできないのか、すぐ転びそうになる。しかし、私の制御システムで無理やり押し戻す。子供とやらはさっさと行ってしまったみたいだ。
落ち葉の跡を付けながら体に触れようと急ぐ。どうやら森の中に監視装置は少ないみたいだ。全面侵攻をする際も使えるかもしれないな。おそらく私が着陸したことにも気が付いていない。この研究所を占領できれば技術進歩も遅らせることもできるかもしれない。
そうなったら千を国家元首としてもいいかもな。もちろん傀儡国家だが、宗教を絡めるなら彼女のような人間が一番だろう。病弱で無邪気、これ以上ない人材だ。
ふう、そのためにも追いかけねば。
そろそろ森の端に到達する。おそらく彼女も周辺にいると思われるが、どこだろうか?
しばらく森の中を探索し、千を見つけようと歩く。
しかしまあ、ここまで自然が残っているのも珍しい。今までスパイとして働いた惑星では循環システムか成熟していることがほとんどだったからな。自然な生物種が蠢いているのも感嘆に値する。
私は周辺の生物種を探しながら歩き、彼女も探す。
しばらくすると声がした気がした……「tす」。チッ、聞こえないな。これ以上『人間』の体であがいていても埒が明かない。スライムを出し、集音組織を構築した。
……「たす」
……「助けて!」
ここで死なれるのは面倒だ、私が殺したようになってしまう。ふう、ここはいったんスライムの体で探してしまおう。
私は取り込んだからだから一気に飛び出る。レーダーシステムと、音声方向の計算――見つけた。人間ががやわなことはとっくに知っているのだから、早く行かないと面倒だ。
私は不定形な体を生かし、森の中をすり抜け、分裂し、目的の方向に向かって這って向かった。
しばらくすると、千がちょっとした崖から落ちているのを発見。右足から血が出ていることから、自力で這い上がってくることは困難だろう。
この体は見せてくなかったが仕方ない。
「え?……こっち来ないで!!」
「私だ、私は百だ」
「……ひゃう? 百ちゃんなの?」
「そうだ、私は百。お前を助けに来たのだから早くその手を伸ばせ」
「で、でも」
ふう、『人間』のことをよく思っていたが、こういう時はまだまだ馬鹿だな。合理的な判断もできないとはなんとも。
「私はお前を見捨ててもいいのだぞ。さあ、早くしろ。別にお前を殺す気はないんだ。合理的な判断をしろ」
私の言葉が理解できたのか、やっと手を伸ばした。もちろん私も体を伸ばし、千の体を包み込む。さっきまでの人間よりはるかに軽いな。大し大した筋力量もなさそうだし、あそこから落ちるのは当然か。
歩き……無理だな。持ち運んでいくか。
私は千のを足を折りたたませ、体の前で組んだ。流石にスライム状で運ぶわけにもいかないので、人間型で持ち上げる。ちょうど私に包まれるような形になり、千の顔が手もとにあった。
「百ちゃんってお父さんが研究している人なの?」
「違う。私は第二皇国で生まれた人口生命体だ、ある程度の自己意識を持たされている。ここのちっぽけな生物と同じにするな」
「そっかあ。お父さんの研究が成功したんだと思ったんだけど」
「そうか」
「……」
「ねえ、私って助かるかな? 昔っからいでんし? のせいで病弱で風邪でも危なかったんだよね」
こいつは何を求めているのだろうか。まさか、今から全身の遺伝子を改変してほしいなどと言わないだろうか。あいにく私は機械だから、肉体的な情報についてはまるで知らない。
適当に読み込んでいるだけだからな。
こいつは目から水を出し始め、私に頭を撫でるよう言ってきた。頭を撫でてやると嬉しそうな顔を浮かべて私を見つめてくる。
「百ちゃんって優しいね」
と言うが、まるで小動物みたいな単純な思考回路。
ふう、全くもって理解できないな。
◇◇◇
研究上に帰ると、千はすぐに医療施設に連れ込まれた。どうやらここには他の研究所があるらしい。最先端の医療行為を受けるとのことだが、あのままやり続けていれば助からないだろう。
完全な免疫不全状態に陥ってしまう。
もちろん私は彼女と面会を何度かした。しない方が不自然でもあったが、上司から行ってきてくれないかと言われることがたくさんあった。どうあやら研究にのめり込んでいるらしい。
まったく、私などに頼んだところで意味がないのに。
私は病室の部屋を開け、ガラスに囲まれた部屋で立っている千を見つけた。
「来てくれたの、ありがとう! ここは暇なんだよねー、研究所の時の倍くらい暇ー、することない」
「そうか。あれについては言ってないだろうな」
「言ってないよ! ふふん、私だって約束はきちんと守るんだから。あ、今日はお父さん来ないの?」
「そう。上司は研究が忙しくて来ないそうだ」
「そっかあ。あーあ、もっとお父さんと話したいんだけどなー。あ、ねえ百ちゃん、お父さんに来てもらうよう言ってよ。私が死ぬわけないじゃんって!」
しかし死ぬ。
だが、このようなことを言うのは良くないらしい。私はコードに浮かんだ言葉を消去して頷いた。
千はそんな私を見て笑みを浮かべる。
まったく、無垢で何も知らない笑顔か。
私は持ってきた花を置き、病室を出た。
ついでに医者からセキュリティーカードも奪っておいた。これでここの研究はすべてアクセスできる。なので、もう情報収集をしたところで意味がない。そろそろ帰還用ポッドを送ってもらえればいいか。
私は一件のコードを宇宙に向かって放った。おそらく今日の夜には変えれるだろう。
毒々しいほどに真っ白な通路を抜け、私の研究室に戻る。上司はまだ研究をしていることだろう。人口生命体もあと一歩という所か、別に手助けするつもりも妨害するつもりもない。私とは別の生命が見たい気持ちもある……それに私たちはどうせ勝つんだ、放っておけばいい。
初めに来た時と同じように曲がりくねった道を行き、私は研究室に入った。
カタカタとパソコンに打ち込む音が鳴り、ここ数日寝ていない上司がいた。普段は目配せをするだけだが、今日だけはガタンと椅子を蹴り、私のもとに向かってきた。
「君! このコード続きは分かるか!?」
私が書いたコードだ。わざと欠失部分を持たせていたが、ばれてしまったか。
「知りません」
「は、そうか。すまないな、娘のお見舞いを行ってもらって。彼女はきっと助からないのは分かっているんだ。だからこそこの技術を完成させなければならない。
――人工だが千は千だ」
「……」
「すまないね。君にとっては関係ないことだ、ただ、千の無事を祈っていて欲しい。こんなもの使わない方が一番いいのだから」
私は研究室の扉を開け、外に出た。そろそろ帰還用ポッドが来る時間だ。確か着陸ポイントは……あの森か。
千のことは悲しいと思う。私も数カ月いればこのようなことを考えることができるようになった。
しかし、ここで技術を渡してしまえば大きな問題となる。未開文明技術提供条約においては、先住民がなるべく自然な形で進化することが望まれている。それにもし私がやれば、おそらくコード消去の憂いを得ることになりそうだ。
私はポッドの前に着いた。
数か月頼りになったぞ。私は取り込んだ体を脱ぎ捨て、もとのスライムになる。殺さないように手加減をしてやったので、数時間もすればむくっと起きてくるはずだ。
ジトっとした落ち葉の上を這いながらポッドの中に入った。触手を伸ばし、ポッドと一体化する。ふう、この感じ懐かしいな。やはりあの空気の中よりここのほうが衛生的で綺麗だ。
周辺に偏光粒子を撒いて観測を拒否。
下部スラスターを起動した。
反動が体にかかってくるが大したことではない。一気に加速し、高度を上げる。雲を突き抜け、圧縮空気による熱がやってきた。流石にガタガタと機体が揺れるが、それも直ぐに収まった。
窓から小さな地球が見える。
ふう。おっと、そういえば取り込んでいた研究者の記憶を消すのを忘れていたな。放置すればコードは完成してしまう……まあいいだろう。どうせあの『人間』に完成させられることはないのだから。
そろそろ眠るか。コールドスリープ装置を起動と。
もしかすると、次起きたときは百型ではなく千型にアップデートしているかもな。ふう、それもそれでいいか。千のことをずっと覚えていられるのだから。
私はゆっくりと眠りに着いた。
おやすみ。
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