第4話 家族じゃない
俺と真希が母屋のキッチンに入ると、開口一番で真希が言う。
「おばさん。私、社交ダンスをまた始めようと思ってて」
「えっ? 社交ダンス?」
コンロの前で湯気の立つ鍋に味噌をとき、味噌汁を作っていた母親が肩越しに振り返る。
コンロの火を消し、エプロンをした身体の正面を真希に向けた。
「真希ちゃん、お母さん達と比べられるのプレッシャーだから止めたんじゃなかったの?」
「お母さんとお父さんが世界チャンピオンだっていうプレッシャー以上に、私も踊りたいって心からそう思えたんです」
「真希のペアだった奴が真希の離れまで来て、またペアになって欲しいって言ってきたんだとさ」
「その彼ともう一度ペアを組んで、まずはジャパンカップ出場を目指そうって」
「だから朝飯も夕飯もいらない。そのペアになった奴の家の練習場で、朝の六時から朝練して、夜は夜で遅くまで練習するから夕飯もいらないらしいぞ」
「ちょっと待って。お母さん、頭がこんがらがってきた」
「だから、また社交ダンスを始めるから、朝練と夜の練習の両方始めたいんだって。朝飯も夕飯もそいつの家で用意するから、うちではいらない。学校の行き帰りも、そいつの家のリムジンが送り迎えするから俺の痴漢撃退法も必要なくなったってこと」
お払い箱になった俺は半ばヤケになっていた。
誰に何と言われようと、あんなに必死になっていたのがバカみたいだ。
「おばさんにもおじさんにも高良にも感謝してるわよ」
「だけど事情が変わったんだろう?」
「そうだけど……」
「わかったわ。真希ちゃんがまた社交ダンスで頑張りたいって言うんなら、おばさんも応援する」
グッと親指を立てて力強く言う。
そうなのだ。今の言葉が俺からは出てこない。真希がもう一度頑張りたいというのなら、応援しようと思うのが筋なのに。
「家族みんなで朝ごはん食べられ食べられくなっちゃうのは寂しいけど」
「だから真希は最初から家族じゃないんだって」
俺は思わず吐き捨てた。ずっと家族同然だと思って来たはずなのに、それまで粉々に崩れ出す。家族でなければ何だというのか。離れに一人で住んでいる下宿人? 同い年の幼馴染み?
他に言葉が見つからない。
こんなにあっけなく真希に捨てられた俺は手負いの獣そのものだ。
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