第2話
ギルバート団長は、完璧な鉄仮面を貼り付けたまま、微動だにしない。
彼の頭上の数値も『2』のままだ。
ピクリとも動かない。
(あれ? 失敗した?)
(謝罪の角度が浅かった? 声が小さかった?)
いや、そんなはずはない。
前世、バイトリーダー佐藤として、数々のクレームを鎮めてきた、黄金の謝罪角度(45度)だったはずだ。
私がどうしようかと焦っていると、ギルバート団長の後ろにいた兵士たちが、ひそひそと話し始めたのが聞こえた。
「お、おい……。今の、見たか?」
「ああ。公爵令嬢が、団長に頭を下げたぞ…」
「まるで、床に額をこすりつけるような勢いだったな」
そうだ。反応はあった。
兵士たちの頭上にも、好感度が表示されている。
『兵士A:好感度 10(黄色)』
『兵士B:好感度 15(黄色)』
さっきまで、彼らは私に無関心だったはずだ。
数値は『5(灰色)』とかだった。
(ちょっと上がってる!)
(謝罪、効果あったんだ!)
一人の、少し年かさの兵士が、ゴクリと唾を飲んだ。
「あれは……。己の罪を認め、処刑執行人であるギルバート団長閣下に、最大限の敬意を払う姿だ……」
「な、なるほど!」
「なんと潔いのだ。あれが、あの傲慢だと噂されていた悪役令嬢なのか?」
(え? 潔い?)
(違うんです! ただ死ぬのが怖くて、処刑する人の機嫌を取ろうとしてるだけなんです!)
心の中で叫ぶが、口には出せない。
私の必死の謝罪は、彼らには「潔い反省の態度」と映ったらしい。
これは、いい傾向だ。
このまま、勘違いさせておこう。
ギルバート団長が、ようやく口を開いた。
その声は、相変わらず氷のように冷たい。
「……顔を上げろ。公爵令嬢」
「はい!」
私は、ぱっと顔を上げた。
そして、バイトリーダー時代に叩き込まれた、完璧なスマイルを浮かべる。
(口角は左右均等に!)
(目は三日月型に! ただし、媚びていると思われないよう、真剣さも残す!)
(お客様(クレーマー)が、これ以上怒らないようにするための、「反省してます」スマイルだ!)
ギルバート団長が、一瞬、目を見開いたように見えた。
気のせいかもしれない。
でも、彼の頭上の数値が、動いた。
『ギルバート:好感度 2 → 3 (赤色)』
(上がったああああ!)
(たった1だけど! 2が3になった!)
(これは大進歩だ!)
ギルバート団長は、鉄仮面を元に戻し、私をじっと見つめている。
「貴様は、己の罪を認めている、と?」
「はい! ギルバート様の仰る通りでございます!」
(クレーム対応の基本その2!)
(まずは、お客様の言葉を全肯定する!)
(「でも」「しかし」は禁句だ!)
私は、畳みかけた。
「全ては、私の不徳の致すところ。私の管理不足、私の認識の甘さが招いた結果でございます!」
(バイト先で備品の発注ミスした時と同じ言い訳だ!)
「どのような処分も、甘んじて受ける所存です。ギルバート様のお手を煩わせる形となり、重ねてお詫び申し上げます!」
私は、もう一度、深く頭を下げた。
ギルバート団長の好感度が、さらに動いた。
『ギルバート:好感度 3 → 5 (赤色)』
(よっしゃ! 5まで来た!)
(赤色ゾーンは脱出できてないけど、確実に上がってる!)
ギルバート団長は、小さくため息をついた。
彼は、貴族、特に傲慢な女性を嫌っていると、ゲームの設定で知っている。
私が、ゲームの悪役令嬢のように「無実だ!」とわめき散らしていれば、彼の好感度は『1』か、もしかしたら『0』になっていたかもしれない。
(私のこの態度、意外だったんだろうな)
(潔く罪(?)を認め、処刑人(ギルバート)に敬意を払う囚人)
(そういう解釈をされてるっぽい)
後ろの兵士たちの声が、また聞こえてきた。
「すごい……。一切、言い訳をしないぞ」
「これが、名門アルフォード公爵家の教育か……」
「王太子殿下は、本当にあんな聖女なんかの言葉を信じて、この方を処刑なさるのか?」
「……シーッ! 声が大きい!」
兵士たちの好感度が、軒並み『30(黄色)』を超えている。
いいぞ。
完全に私に同情的な雰囲気になっている。
ギルバート団長は、事務的な口調に戻った。
「……明日の日没、処刑は執行される。それまでに、最後に言い残すことはあるか」
「……」
「形式上のものだ。家族への手紙は、先ほど王太子殿下が許可されたと聞いている。それ以外にあれば、だ」
(きた!)
(これ、バイト時代にもあった!)
(クレーム対応が一段落した時に、お客様が「で、お前はどうしてくれるんだ」って言うやつだ!)
ここで、相手の要望を正確に把握し、先回りして提案するのが、プロのバイトリーダーだ。
(この人、ギルバート団長の要望はなんだ?)
(彼は処刑執行人。彼の仕事は、私を「処刑する」こと)
(そうだ。彼の「業務」だ)
(彼の業務が、スムーズに、問題なく終わること)
(それが、彼の最大の関心事のはずだ!)
(クレーマー対応で一番大事なのは、相手の負担を減らすこと!)
(この場合、処刑執行人の負担を減らすことだ!)
私は、顔を上げた。
そして、先ほどの「反省スマイル」から一転、相手の業務をサポートする「同僚への信頼スマイル」を浮かべた。
(大丈夫です! 私に任せてください! 的な表情だ!)
「ギルバート様」
私は、できるだけ落ち着いた、澄んだ声を出した。
公爵令嬢としての気品を、最大限に利用する。
「私から、最後に申し上げることは、何もございません」
「……なに?」
ギルバート団長が、わずかに眉を寄せた。
私は、続けた。
「私の最後の願いは、ただ一つ。ギルバート様のお手を、これ以上煩わせないことでございます」
「……!」
ギルバート団長の目が、驚きに見開かれた。
「明日の処刑が、滞りなく、速やかに進みますよう、私、セレスティア・フォン・アルフォードは、全力で協力させていただく所存です!」
(ギロチンの刃が落ちやすいように、髪をまとめておくとか!)
(暴れたり、騒いだりして、兵士さんの手を煩わせないようにするとか!)
(そういうことだよね!?)
私は、完璧な笑顔で、処刑への全面協力を申し出た。
私の、生き残るための、必死のアピールだった。
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