婚約破棄されて処刑確定の悪役令嬢、前世のバイトリーダー時代の接客術で冷酷騎士団長の好感度を上げようとしたら、何故か救国の聖女だと勘違いされてしまいました
旅する書斎(☆ほしい)
第1話
「セレスティア・フォン・アルフォード公爵令嬢! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
響き渡る声は、私の婚約者であるはずの王太子殿下のものだった。
ここは王城の大広間。
今日は、王家主催の夜会が開かれていたはずだ。
私は、まばゆい光の中で、何が起きているのか理解できなかった。
王太子殿下は、私をまっすぐに指差している。
その隣には、か弱そうに震える一人の少女が寄り添っていた。
彼女が、最近現れたという聖女様だろうか。
「セレスティア! 貴様は、この聖なるリリア様を妬み、数々の嫌がらせを行った! その罪、万死に値する!」
「え……?」
「言い逃れはさせん! リリアが全て証言してくれたのだ!」
王太子の言葉に、聖女リリアはびくりと肩を揺らす。
そして、涙ぐみながら王太子にしがみついた。
「殿下……もう、おやめください。私は大丈夫ですから……。セレスティア様も、きっと、悪気があったわけでは……」
「リリア、君は優しすぎる!」
王太子は聖女を強く抱きしめる。
「この悪女のせいで、君がどれほど苦しめられたか!」
周囲の貴族たちが、私に向ける視線が痛い。
驚き、軽蔑、そして嘲笑。
「なんてことだ、あのセレスティア様が…」
「聖女様に対して、嫉妬を…」
「公爵令嬢ともあろう方が、みっともない…」
身に覚えがない。
私は、聖女様にお会いしたことすら、ほとんどないのだ。
嫌がらせなんて、するはずがない。
「お待ちください、殿下。それは、何かの間違いでは……」
私は、かろうじて声を絞り出した。
しかし、その声は王太子の怒号にかき消される。
「まだしらを切るか! 証拠もあるのだ!」
「証拠、と申しますと……?」
「貴様の侍女が、お前がリリアを呪うための呪詛人形を持っているのを見たと証言している!」
侍女? 私の侍女が?
そんな、ありえない。
私の侍女たちは、皆、長年アルフォード家に仕えてくれている者たちばかりだ。
裏切るはずが……。
「セレスティア・フォン・アルフォード!」
王太子が、冷たく言い放つ。
「貴様は、王太子妃にふさわしくない。よって婚約は破棄! さらに、聖女暗殺未遂の罪で、貴様を断罪する!」
断罪。
その言葉の重みに、私の意識は急速に遠のいていった。
膝から力が抜け、豪華な絨毯の上に崩れ落ちる。
視界が暗転する。
(ああ……私、処刑されるんだ……)
その瞬間。
私の頭の中に、全く別の記憶が、激流のように流れ込んできた。
『佐藤さん! 3番テーブルのお客様からクレーム!』
『りょ、了解です! すぐ向かいます! 申し訳ございません!』
『店長! シフトの穴、どうするんですか!』
『くっ……俺が、俺が入るしかない……!』
ファミリーレストラン。
バイトリーダー。
理不尽なクレーマー。
来ない新人。
鳴り止まない呼び出しベル。
そうだ。
私は、佐藤だった。
現代日本で、ファミレスのバイトリーダーをしていた、しがないアラサー女。
過労で倒れて、それで……。
(思い出した……!)
ここは、前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界だ。
そして私は、主人公(聖女リリア)をいじめる、悪役令嬢セレスティアだ。
ゲームのシナリオ通りなら、私はここで断罪され、牢屋に入れられ、数日後に処刑される。
(嘘でしょ……!?)
(あんなに頑張って働いて、過労死して、転生したら処刑エンド!?)
(割に合わなさすぎる!)
そこで、私の意識は完全に途切れた。
次に目を覚ました時、私は冷たく固い石の床の上にいた。
ひんやりとした空気が、肌を刺す。
ここは、地下牢だ。
「……本当に、ゲームの世界なんだ」
私は、ぼんやりと呟いた。
公爵令嬢としての気品ある所作も、今はもうどうでもいい。
内面は、完全にバイトリーダーの佐藤だ。
(どうしよう……。このままじゃ、本当に処刑される)
(ゲームの知識? あるけど、もう手遅れじゃない?)
(婚約破棄イベントは終わっちゃったし。もう断罪されちゃったし)
ガシャン、と重い金属音が響いた。
牢屋の扉が開けられる音だ。
私は、びくりと体を震わせた。
入ってきたのは、見慣れた王太子の姿だった。
彼は、冷え冷えとした目で私を見下ろしている。
「セレスティア。目が覚めたか」
「……殿下」
「お前に、最終宣告を言い渡しに来た」
王太子は、一枚の羊皮紙を広げた。
「元公爵令嬢セレスティア・フォン・アルフォード。聖女リリアへの暗殺未遂、及び不敬罪により、明日の日没、王都広場にてギロチンによる処刑を命ずる」
ギロチン。
その単語に、全身の血の気が引いた。
(やっぱり! やっぱり処刑ルートだ!)
(いやだ! 死にたくない! せっかく転生したのに!)
「何か、言い残すことはあるか」
王太子が冷たく問う。
私は、必死に頭を回転させた。
ここで何を言えばいい?
ゲームのセレスティアは、確かここで「私は無実よ!」とわめき散らし、王太子の怒りを買ったはずだ。
(ダメだ、それは最悪手だ)
(今の王太子は、聖女に夢中で聞く耳を持たない)
(ここは、下手に刺激しちゃダメだ)
私は、公爵令嬢としての完璧なカーテシー(礼)をとった。
スカートの裾を優雅につまむ。
「……王命、謹んでお受けいたします」
「……なに?」
王太子が、意外そうな顔をした。
「殿下のご決定に従います。ただ、一つだけ、お願いが」
「なんだ」
「父と母に……最後に一言、お別れを伝える許可をいただけないでしょうか」
これは、ゲームにはなかった選択肢だ。
王太子は、わずかに眉をひそめた。
彼は、根は素直だが、今は聖女リリアに洗脳されている状態だ。
「……ふん。今更、家族に命乞いか」
「いいえ、ただ、これまで育ててくれた感謝を伝えたいのです」
王太子は、しばらく私を値踏みするように見ていた。
やがて、彼は小さくため息をついた。
「……許可しよう。ただし、手紙だけだ。監視もつける」
「ありがとうございます、殿下」
王太子は、それだけ言うと踵を返し、牢屋から出て行った。
(ふう……。とりあえず、逆上はさせなかった)
(でも、処刑は覆らない。どうしよう)
再び、牢屋の扉が開く音がした。
(え? まだ誰か来るの?)
そこに立っていたのは、背の高い、威圧感のある男性だった。
全身を黒い騎士服で包み、腰には長剣を差している。
なにより、その顔は、まるで感情というものが抜け落ちたかのような、完璧な無表情だった。
(この人は……!)
ゲームでも有名なキャラクターだ。
「鉄仮面」の異名を持つ、冷酷非情な騎士団長。
ギルバート・フォン・アインツベルク。
そして、彼は……。
(処刑執行人だ!)
私の処刑を担当する人だ。
この人に嫌われたら、明日の処刑が、ものすごく痛い方法になるかもしれない。
(それは絶対に嫌だ!)
その時だった。
私がギルバートを直視した瞬間、彼の頭上に、奇妙な文字が浮かび上がったのだ。
『ギルバート:好感度 2 (赤色)』
「……え?」
私は、思わず声を漏らした。
(なに、あれ?)
(好感度? 2?)
(しかも赤色!?)
見間違いかと思って目をこすった。
しかし、文字は消えない。
『ギルバート:好感度 2 (赤色)』
(うわあああ! 低すぎ!)
(好感度2って! 100点満点中だよね、これ!?)
(赤色は、前世のバイト先で、レジで「お釣りの渡し方が気に入らない!」って3時間怒鳴り続けたクレーマーと同じ色だ!)
絶望的な数値だ。
これは、マズイ。
マズすぎる。
この人の機嫌を損ねたら、私は明日、無事に死ねないかもしれない。
ギルバートが、私に向かって一歩、足を踏み出した。
彼の無表情な目が、私を捉える。
「貴様が、セレスティア・フォン・アルフォードか」
「は、はい! そうでございます!」
私は、脊髄反射で叫んでいた。
体が、勝手に動く。
前世で培った、あのスキルが発動する。
(お客様(クレーマー)対応モード!)
私は、牢屋の床に膝をついたまま、完璧な角度でお辞儀をした。
背筋を伸ばし、指先まで意識を集中させる。
(まずは、謝罪! 相手が何を言おうと、まずは謝罪だ!)
「この度は、私の不行き届きにより、ギルバート様、並びに関係各位に多大なるご迷惑をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます!」
(いらっしゃいませ、より深く!)
(声のトーンは、ソよりワントーン高く!)
「誠に、申し訳ございませんでした!!」
私は、頭を床にこすりつける勢いで、深々と謝罪した。
ギルバートと、彼の後ろにいた兵士たちが、凍りついたのが分かった。
空気が、しんと張り詰めている。
(あれ? 反応がない?)
おそるおそる顔を上げると、そこには、鉄仮面のまま固まっているギルバート団長の姿があった。
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