第2話 にぎやかは楽しいのか
「はぁい、レティ? 今日も可愛く仕立てられちゃって」
「……おはようございます。ナーディア様」
食堂にジェイク様と向かえば、先客はひとり。騎士団所属の部隊長のおひとりがいらした。私が挨拶すれば、わざわざこちらへきて髪型が崩れない範囲で撫でてくださるのも毎回。これは、あまり嫌な思いをしたことはない。
「こっちは騎士団の人間なだけで、敬称はいいのに」
「……私も、ただの側室の姫です」
「けど、国内外最強の魔力保持者でしょう?」
「そうだとも! レティは単純な贄姫ではなかったんだ!!」
「団長、うっさい」
「上役にうっさいとは何事だ!!」
そして、地位としては上下があるようでないのが不思議だ。ナーディア様は騎士団の長であるジェイク様とは近しい間柄なのか、よくジェイク様をなじっている……。よくないかもしれないけど、だいたいは頷けることなので私は口出しをしないでおこうと黙っている。
今日もその通りなので、少しずつナーディア様の後ろへと移動していく。
「レティの身支度は完璧ですけどぉ? どこからどこまで手伝っていたんですか? まさか」
「最初からではないので、ご心配なく。けど、そろそろ侍女はつけてくださると言ってくださいました」
「……それなら、いいけど? あたしが手伝ってあげよっか?」
「……侍女、にわざわざ?」
「髪整えるくらいなら、あたしにも出来るし。ガールズトーク、いっぱいしたいもん。レティとなら!」
「シスファもいるだろう。どう説得するんだ?」
「あ、そっか?」
「お呼びで?」
ちょうどと言わんばかりにほかの方々も食堂に入って来られました。私が元敵国の王女だったという名目で、入ってくるのは騎士団の人間ばかり。シスファ様は銀縁眼鏡が似合う短い金髪の女性だ。彼女の後ろからも数人ほど、騎士団の方々が入って来られた。
「あ、シスファ! よーやく、団長がレティの着替えに侍女つけよって許可出したよ。……あたしとあんた、どっちがいいかレティに選んでもらわない?」
「いい結論ですね。……聞きたいことは色々ありますが。エルディーヌ姫、ここははっきりと公言しておく必要があります。団長には、『どこから』お手伝いを??」
少しどよめきがあったが、男性の前でも言っておかなくてはいけないことだと理解した。ジェイク様はすでに、ナーディア様に羽交い絞めされているので……あとで、どなたかからお仕置きされるのは確定なのか。それならば、シスファ様の前でちゃんと言っておいても安心できる。
「……下着までは自分で着てますが。そのあとはお手伝いしてくださっています」
「レティ!?」
「……ナーディア」
「ほいきた!! やっぱ、惚れた女の着替え見たいだけだったんじゃないんすか!!? このド変態!!!」
「い゛でででっで!!?」
「……懲罰範囲は後ほど。であれば、エルディーヌ姫の側仕えは早めにリストアップしておいて正解でした。私たちでは鍛錬や執務もあるので、すべてはお手伝い出来ませんからね? 姫、それでもよろしいでしょうか?」
「あ、はい……」
羽交い絞めされているジェイク様との時間は、少し恥ずかしかったけれどゆったりとした時間でもあったから……あれくらい、のんびりできるような時間をいただける保証はない。ないけど、レディとして生活する上ではきちんとしなくてはダメなので頷くことにした。
「では、今から食事ですので。そのあたりに」
「ほーい」
「……そんなぁ」
「団長は『お仕事』なさいませんと」
「……するけど。レティとの時間」
「それはご自分の力量と差分すれば作れるじゃないですか? 朝の時間をわざわざ作れるんですから」
「……はい」
シスファ様にはどなたも勝てないのか……席についてからは、皆さま静かにご飯を召し上がられていました。私は私で、自分で作っていたときよりも品数の多いご飯を毎回残してしまうのが申し訳なく思ってしまう。
食が細いのかもしれないが、いつも『節約』を意識して、肉と魚を調整していたせいもある。けど、ここでは卵も牛乳も頼めばお代わりが出来てしまう贅沢があるのだ。どちらかというと、卵と牛乳が好きなので……おかわりしたいのを我慢している。施しではなくとも、出されたものをきちんと食べ終えたいから。
「レティ。牛乳のおかわりいいのかい?」
もうちょっとと頑張って食べていたら、ジェイク様が柔らかい笑顔でそんなことを言ってくださる。反射で頷くと、控えていた給仕に頼んで私のコップに牛乳が注がれていく。ああ、そんな優しい気遣いをくださるのだから……。
(着替え、恥ずかしいって……思っちゃったんだろうな)
あと、朝の挨拶はともかく、あのふたりの時間が来ないことを淋しく感じるようになったのは……『箱庭』から出してくださった、かけがえのない恩人への淡い思いかもしれない。彼と同じなのかは、まだ納得が出来ていなくても。
まだ、あそこから出て……今日で十日だ。
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