『箱庭の贄姫』は呪い以上の愛を知ることに

櫛田こころ

第1話 幸せでいいのか

 朝になったら起床。呼吸も整っている、今日も大丈夫。


 ボウルに入れたままの冷たい水で顔を洗うと、しゃっきりするから……これはお湯よりも気に入っている。これから来る人には『とんでもない』と言われてしまうけれど。


 朝の身支度をひとりでするのも、慣れていたのに『一人じゃダメ』とあの人は言う。


 何故だろう。『元王女』だから? 捨てられただけの『贄姫』でしかなかったのに。あの国では、それしか価値観を見てもらえなかったのに。



「おっはよ~~!! 我がレティ!!」



 髪を梳いていたら、やはり来てくださった。私をこの部屋にと匿ってくれた恩人……と言えばいいのか。元気溌剌で私とは正反対。少し暗めの金髪が今日も輝いている気がするが、性格の表われもあるのだろうか。


 でも、緑の目が私の姿を映すと、『あ』と言わんばかりに口が大きく開いてしまい、美丈夫が残念なものになっていく。ここ数日で毎日のように起きているからすぐ慣れたけれど、相変わらず……自分の身支度はダメらしい。



「……おはようございます。ジェイク様」

「……また自分で身支度してるのかい!? 俺がやってあげたいのに!!」

「……私は、人形ではありませんが」

「それはそうとも! 魔力の高い人間だとは知っているし、ただのお飾り人形姫でもない。け・ど!!だんだんと美しくなっていく君を……綺麗に着飾らせてはもらえないだろうか。マイレディ?」

「……楽しいですか?」

「楽しい! 可愛くて綺麗な子をさらに着飾らせてあげるのが!!」

「……はあ」



 私は亡国となった王国の第六王女だ。ただ、側室の姫でも飛びぬけて魔力が高く、その国の風習にならって精霊への魔力供給源として『贄姫』の生活を幼少期から強いられ……虐げられていた。衣食が自分でも出来るようにと、市井の女と変わらない扱いに。父であった国王もほとんど会いに来ないくらいに除け者扱いだったが……当時はそれが普通だと思っていた。


 そして、贄姫になる王女は教育が整ったら『箱庭』と呼ばれる北の区域に幽閉されてしまう。住まいだけは整っているが、ほかの衣食についてはあらかじめ『養育』されていた通り、自分だけでなにもかも整えなければいけない。


 魔力をその土地に根付かせて、国全体に、さらには精霊へ行き渡らせ繁栄を続けていくための生贄。それが数代に渡って繰り返されていたため、国の魔力は膨大とされていた。


 だが、ジェイク様の所属する『帝国』から攻め入られるまでは、私は生涯を『箱庭』で過ごすはずが……そこで、終わりを迎えた。


 でも、あの王国も理由がなく攻められたわけじゃないらしい。



「『箱庭』の伝承は聞いてたけど、生贄である贄姫の魔力を捧げ過ぎて……各国の魔力脈にも大きく影響を与えてたって知らなきゃ!! レティは一生涯あんなにも荒れた土地でおばあさんになるまで暮らしてたんだよ!? 怒らない? 普通」

「……養育の関係で、そのように感じられませんでした」

「よし。投獄しといてよかった、あの豚親」

「……豚は美味しいですが。父は食べられませんよ?」

「……微妙に素直なんだから、レティは可愛いね」



 下着類はともかく、出歩くために着せる服や髪飾りはわざわざジェイク様が整えてくださっている。本来はメイドかほかの女性に頼む行為なのに……どうやら、この方は私が『箱庭』で生活しているときに降り立ったときから、『惚れた』らしいのだけど。


 適度に細いだけのあばずれ女のどこが可愛らしいのだろうか? 髪はちょっとくすんだ銀髪なだけで、目も普通の紺色。血筋が王家の人間なら、本来排除対象なのに……こうして、生かしてくださっている。このあとの食事では、もっとにぎやかになるけれど。



「……あの。自分で出来ますから、毎日は」

「え!? 俺楽しいのに!!? だめ??」

「だめ……というか。普通に恥ずかしいので」

「あ、やっとそれ聞けた!!」

「……はい?」

「態と。下着はともかく、服の着せ替え手伝ってたんだよ。惚れた女性の下着をみたい欲はあったけど……それ以上は、君の感情が整ってほしかった。これなら、存分に可愛くしてもらえる侍女をつけようか?」

「あ、はあ……?」

「あれ? 俺の養育に逆に慣れちゃった? それはそれでうれしいけど」

「い、いえ! ちゃんとつけてください!! 私、貴方様へのご好意をまだ何も!!」

「ん。それでよし。ごめんね、下着だけどずっと見ちゃって」

「……いえ」



 態とだったにしても、ひとりの『女性』扱いしてもらえるのがこんなに恥ずかしいとは思わず。胸の奥が変にくすぐったくなったが、今度からは違うので少し安心は出来た。だとすると、今から向かう食堂で顔見知った女性の誰かになるのだろうか?


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