第13話
「うおおおおおおおおお!?」
アルベルト様のすさまじい叫び声が、狭い店の中に響き渡った。
強烈な闘気が、彼の全身から激しく吹き上がっている。
バチバチという、空気が震える耳障りな音まで聞こえてきた。
「な、なんだこれ……」
護衛の騎士たちが、上官の異常な姿に驚いて後ずさっている。
彼らの顔は、恐怖と混乱で引きつっていた。
「力が……! 俺の奥底に眠っていた本当の力が、今まさに目覚めていく……!」
アルベルト様は、自分の拳を力強く握りしめている。
その体は、先ほどよりも明らかに一回り大きく見えた。
筋肉が、鎧の下で膨れ上がっているようだった。
「これが、リオ殿の……Aランク素材をふんだんに使った、真の料理……!」
彼は俺の作った干し肉の小片を、まるで神の食べ物でも見るかのように見つめている。
その目には、理性を失ったかのような熱がこもっていた。
(よ、喜んでもらえたみたいで、よかった……)
俺は、その尋常ではない迫力に圧倒された。
少しだけ、安堵の息を漏らした。
この異常な状況で、ミーナちゃんだけが平然としていた。
彼女は、小さな体でカウンターに肘をついている。
その態度は、まるで全てを予期していたかのようだった。
「どう? 騎士様。金貨50枚の価値は、あったでしょ?」
「……価値?」
アルベルト様は、ゆっくりとミーナちゃんに視線を移した。
「こんな偉大な食べ物が、金貨50枚で買えるのなら安すぎる!」
彼は、店の外まで響きそうな大声で断言した。
「我が国の国宝よりも、はるかに価値がある!」
「そ、そこまで言うんですか!?」
俺は、思わず大声で叫んだ。
(だって、その国宝を担保に取っちゃったの、俺たちなのに……)
俺たちが渡した担保は、どうなるのだろうか。
アルベルト様は、俺の声で我に返ったようにハッとした。
彼は、すぐに俺に向き直る。
そして、今度こそためらうことなく、床に片膝をついて頭を下げた。
「リオ殿!」
「ひゃっ! だ、ダメです! やめてください!」
俺は慌てて、巨漢の彼を立たせようとする。
「俺は、ただの料理人ですから。そんなことされる筋合いは、ありません!」
「ただの料理人ではない!」
アルベルト様は、俺の手を強く掴んだ。
その手は、まるで炎のように熱かった。
「あなたは、ジルベスタ王国を救う大恩人だ!」
「そのご恩、このアルベルトが生涯忘れることはありません!」
「(ひいい……! 重い……! 感情が重すぎる……!)」
俺は、その真剣すぎる目に気圧されて、何も言えなくなった。
「さあ! 約束の金貨を!」
アルベルト様が、背後の護衛に鋭く命じる。
護衛の騎士たちが、重そうな箱を五つカウンターに運び込んだ。
箱は、どれも立派な装飾が施されている。
「確かに、金貨五千枚です」
「どうぞ、中身の確認を!」
「は、はい!」
ミーナちゃんが、待ってましたとばかりに一番手前の箱を開ける。
中は、まばゆい金色の輝きで満たされていた。
「うん、オッケー! 確かに全部入ってる!」
ミーナちゃんは、満足そうに頷いた。
「じゃあ、こちらが商品ね。干し肉百人分セットが百個よ」
ミーナちゃんが、カウンターの後ろに山と積まれた百個の木箱を指差した。
アルベルト様は、金貨にはもう目もくれず、宝物を抱えるように木箱を一つ手に取った。
「これを! 今すぐに王都へ届けるぞ!」
「護衛の者も、その場で試してみろ!」
「は、はあ!」
護衛の騎士たちも、恐る恐る干し肉を口にする。
彼らは、まだ上官の変化を信じきれていない様子だった。
次の瞬間。
「「うおおおおおおお!?」」
店が、今度は騎士たちの闘気で吹き飛びそうになった。
壁が、ビリビリと震えている。
「力がみなぎる!」
「これが、伝説の秘薬……!」
(だ、だから、それは秘薬じゃないんだけどな……)
俺は、もはや訂正する気力も失っていた。
「リオ殿! これで騎士団は立て直せる!」
アルベルト様は、感激に打ち震えている。
「本当に、ありがとう!」
彼らが、興奮冷めやらぬ様子で店を出ていく。
その広い背中に、ミーナちゃんの冷静な声が飛んだ。
「ねえ、騎士様」
「ん?」
アルベルト様が、振り返る。
「その百人分がなくなったら、あんたたちはどうするの?」
「なっ!?」
アルベルト様の動きが、ピタリと止まった。
「そ、それは……。また、買いに来る……」
「お兄さんが作ったのは、あくまで『一週間分』の緊急セットよ」
ミーナちゃんは、いつの間にか取り出した帳簿をパラパラとめくっている。
「あんたたちの弱りきった体が、たった一週間で元に戻るとは思えないけど?」
「ぐ……! そ、その通りだ……」
アルベルト様は、騎士団の惨状を思い出し、再び顔を青くした。
食糧難で、まともな訓練もできていない状態だった。
「一週間後、また買いに来るので、よいだろうか?」
「うーん、どうだろう」
ミーナちゃんは、わざとらしく首を傾げてみせた。
「うちは、エルザ様やボルガ様の注文もあって忙しいからね」
「それに、Aランクの素材だって、タダじゃないのよ」
「そ、そこをなんとか!」
アルベルト様が、必死に食い下がる。
国の未来が、この小さな店の少女の機嫌にかかっていた。
ミーナちゃんは、ここでニヤリと子供らしい笑みを見せた。
「だったら、定期契約を結びましょうよ」
「て、定期契約?」
「そう、うちを『ジルベスタ王国騎士団・御用達』にするのよ」
「おお! 御用達……!」
アルベルト様は、その輝かしい響きに目を輝かせた。
「その代わり、こっちにも条件があるわ」
「な、なんだ? 金か?」
「材料は、全部そっちで用意して」
ミーナちゃんは、アルベルトの目をビシッと指差した。
「この辺境でAランクの素材を安定して確保するのは、大変なんだから」
「そ、そうか……。それは、当然の要求だ」
(いや、ボルガ様が緊急依頼を連発してるから、倉庫には結構余ってるんだけど……)
俺は、ミーナちゃんの商売上手っぷりに、心の中で静かにツッコミを入れた。
「わ、分かった!」
アルベルト様は、力強く頷いた。
「王家に掛け合い、総力を挙げて食材をダグの街へ輸送します!」
「話が早くて助かるわ」
ミーナちゃんは、一枚の羊皮紙を取り出した。
「じゃあ、これが次までに必要な材料リストね。騎士団専用の、特別版よ」
「……!」
アルベルト様は、そのリストを見て、本当に言葉を失った。
そこには、レッドボアや月光草など、高ランク素材の名前がびっしりと書き連ねられていた。
「こ、これを……、この量を全部……?」
「そうよ。これがなきゃ、お兄さんは作れないから」
「わ、分かった! 必ずや、用意してみせる!」
アルベルト様は、騎士として最高の敬礼をした。
そして、護衛たちと共に嵐のように去っていった。
(国を挙げて、材料集めかあ……)
(なんか、とんでもないことになっちゃったな……)
俺は、店のカウンターに積まれた、金貨五千枚の入った五つの箱を見つめた。
「み、ミーナちゃん……」
「なに、お兄さん?」
「俺たち、もしかして、王国一の大金持ちになっちゃったんじゃ……」
「何言ってるの!」
ミーナちゃんは、金貨の箱に勢いよく飛びついた。
「当たり前でしょ! これでやっと、スタートラインに立てたのよ!」
ミーナちゃんが、金貨の山に顔をうずめて、本当に幸せそうに笑っている。
俺は、その現実離れした光景を、呆然と見ていることしかできなかった。
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