第4話「遠藤タカシの涙〜亡き親友との誓い〜」

タカシは、どこにでもいるような中学二年生だった。

テストの点は真ん中くらい。部活も特に入っていない。

家では漫画を読み、ゲームをし、父の勧めで渋々ギターを弾く。

「人生って、だいたいこんなもんか」と思っていた。


父は町の音楽教室でギターを教えている。

だから、タカシも自然とギターを持つようになった。

だが、本気で好きというわけではなかった。



ある日、転校生がやってきた。

仲田ケイジ。

人懐っこくて、明るくて、誰とでもすぐに打ち解ける。


「どこからきたの?」

「部活は何に入るの?」

休み時間になると、クラスの中心に輪ができる。


「俺はギターやってるんだ。だから部活は入んないよ」

ケイジが笑いながら言ったその瞬間、

タカシの胸の中で、何かがカチリと音を立てた。


――ギター。


放課後、父の教室に新しい生徒が現れた。

ドアを開けて入ってきたのは、あの転校生だった。


「えっ、ここって遠藤のおやじさんの教室なの!?すげー!タカシもギターやってんの?よろしくな!」


それ以来、二人はいつも一緒にいた。

学校でも、放課後でも。

ギターを弾きながら笑い、指先を競い合った。

タカシの中で、初めて「誰かと夢を共有する」という感覚が芽生えた。



給食の時間。

メニューに、人参のサラダがあった。


「おい、タカシ。人参残してるぞ」

「俺、人参嫌いなんだよ。見た目も味もダメ」

「子どもかよ!」

ケイジが笑ってフォークで人参を刺し、自分の皿に移した。



ケイジはいつも、未来を語っていた。

「俺さ、いつかビッグなギタリストになるんだ!」

「タカシも一緒に目指そうぜ!」


「俺はまだわかんねぇけど……でも、お前といると楽しいよ」

そう答えるタカシに、ケイジは笑った。

「人生って限りがあるんだよ。だから本気で生きなきゃもったいねぇって!」


――その言葉には、どこか影があった。



ある日を境に、ケイジが学校にも教室にも現れなくなった。

先生は「体調不良」とだけ言った。

だが、ひと月経っても姿は見えない。


晩御飯のあと、父が真剣な顔で言った。

「タカシ、ケイジくんのことだけどな……」


父の声は静かに震えていた。

「ケイジくんは、命に関わる難病なんだ。治療のためにこの町に来ていたけど、病状が悪化してもう動けないそうだ」


「……うそだろ」

箸を持つ手が震えた。

頭の中で何かが崩れ落ちる音がした。


タカシは拳を握りしめた。

「会いに行きたい。すぐ、連れてってくれ」



病室のカーテンを開けると、

そこには、かつての元気な笑顔とは違うケイジがいた。

細い腕、弱々しい声。

それでも、彼は笑おうとしていた。


「よぉ、タカシ。何も言わなくてごめんな」

「バカ野郎……なんで言わなかったんだよ……!」

「泣くなよ。男だろ」


それから毎日、タカシはギターを持って病院に通った。

ベッドの横で、静かに弾く。

ケイジは嬉しそうに聴いていた。


だが、指先から零れる音に、

「まだ生きていたい」という彼の心が滲んでいるように見えた。


その夜、窓の外では雨が降っていた。



数日後、ケイジが息を引き取った。

タカシは現実を受け入れられなかった。

「どうして……どうして、こいつがこんな運命を背負わなきゃならない……」

胸の奥で何かが凍りついた。


通夜の日。

ケイジの部屋に入ると、ギターが壁に立てかけてあった。

ケースを開くと、白い紙が一枚、挟まっていた。


『タカシへ。

ごめんな。これを読んでるってことは、

きっと俺はあの世に行っちまったんだろうな。


一緒にビッグなギタリストになるって夢、

叶えられなくてごめん。

でも、俺はいつだってお前のそばにいる。


あとさ、いい加減人参食べれるようになれよな!俺はもう代わりに食べてやれないからさ。

もしバンド組むことがあったら“carrot”にしろよ笑

そしたら、食べ物の人参は嫌いでも、

音楽の人参なら好きになれるだろ?


じゃーな。泣くなよ、相棒。』


手紙は、タカシの涙で滲んだ。

そのとき、初めて声をあげて泣いた。


その涙に――

あまねは静かに寄り添っていた。

「その涙は、約束の証。決して消えないよ」と。



それから数年後。


ライブハウスの薄暗いステージ。

タカシはギターを抱え、マイクの前に立っていた。

傍らには、美波という少女。

二人で結成したインディーズバンド「carrot」。


アンプのスイッチが入る音が響く。

タカシは深呼吸して、呟いた。


「ケイジ……見ててくれよ」


照明が落ち、ギターの音が鳴り始めた。

その瞬間、天井のスポットライトの中に、

ひとしずくの雨粒がきらめいて見えた。


あまねが、笑っていた。

その笑顔はまるで、

亡き親友の笑顔と同じ輝きをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る