第23話 賢者、学校へ行く


 賢者、ムーンが日本に転移した翌日。弓彦とアルスは朝の支度を終え、学校へ行こうとしていた。


「じゃあ学校へ行ってくるよ」


「うん。気を付けてね。アルスちゃん、むやみに空を飛ばないでね。スカートだからパンツ見えちゃうわよ」


「スパッツを履いているから大丈夫だ」


「ならいいわ。弓彦、遅刻しそうだったらアルスちゃんと一緒に空を飛んで学校へ行きなさい」


「母さん、その発言はどうかと思う」


 弓彦たちが玄関でこんな会話をしていると、二階からムーンが降りてきた。


「あれ、お姉様。どこかへお出かけですか?」


「学校だ。時間がないからもう行くぞ」


「はい」


 ムーンの返事を聞き、アルスは弓彦と一緒に学校へ向かった。その後、ムーンは朝食を食べ、朝の支度をしていた。その時、あることに気付いた。


「あの男と一緒に出掛けたんですか⁉」


「あら、今更?」


「お姉様が不安です、私も学校とやらへ行きます!」


「あらー、大変ねー」


 ムーンは外に出て、アルスの魔力を察知し、空を飛んで学校へ向かった。




 その頃、学校では。


「くたばれアルスゥゥゥゥゥ‼」


 世界はアルスに向け、思いっきり力を込めてボールを投げた。投げられたボールは猛スピードで回転しており、ギュインギュインと音が鳴っていた。


「そんなもんで私が倒せるか」


 呆れた表情のアルスは、難なく世界が投げたボールをキャッチした。


「はぁ、世界は変わらねーな……」


 二人のやり取りを見て、弓彦は呆れてため息を洩らした。そんな時、上から何かが飛んでくる音が聞こえた。


「なんか飛んできた」


「鳥か?」


「飛行機か?」


「悟○さか?」


「いや、フ○ーザ様?」


「違う、少女だ‼」


 空から飛んできたのはムーンだった。ムーンはグラウンドに着地し、アルスと争っている世界を睨んだ。


「お姉様が気になって飛んできたのですが……何でたかが人間がお姉さまと争っているんですか?」


「ガキが余計なことを探るんじゃないわよ」


 世界の殺意の矛先はムーンに向けられた。殺意を察したムーンは右手に魔力を発し、地面に向けて放った


「しばらく体の自由を奪いますね」


 その直後、いきなりグラウンドに草が生えた。草は猛スピードで伸び、世界の体に縛りついた。


「ちょっと、何よこれ⁉」


「大地の魔法です。植物や地面を自由自在に操れます」


 急に生えてきた草を見て、他の生徒は慌ててグラウンドから離れて行った。


「魔法って本当に何でもありだな」


「いや、あれこえーよ‼」


「どうせなら触手で世界の触手プレイを……あー、あまり見たくないな」


「これがほんとの草生えた」


 この様子を見ていた体育教師は、生徒の一人にこう告げた。


「俺ちょっと除草剤買ってくる。とりあえずコンビニ行ってくるわ」


「先生、コンビニに除草剤は売ってません。せめてホームセンターへ行ってください」


 世界の体を封じたムーンは、魔力を練りながら世界に近付いた。


「これ以上お姉様に危害を加えたら、お仕置きしますよ」


「けっ、しゃらくさいガキね‼」


 世界は気合で自身の体に縛りついている草を振りほどいた。この様子を見て、ムーンは驚いて一歩引いた。


「そんな! ただの人間が私の魔法で作った植物を破るなんて!」


「こんなもんで私は止められまいわ‼」


「ならこれはどうです?」


 と、ムーンは練っていた魔力を電撃に変え、世界にぶつけた。電撃を浴び、痺れた世界はそのまま気を失った。


「これでよし」


 手を払い、ムーンはアルスに近付こうとしたが、その前に弓彦がムーンを捕まえて学校の外に追い払った。


「これ以上騒動を起こすな」


 弓彦はそう言うと、校門から去って行った。




 昼休み。弓彦は浦沢と弁当を食べながら話をしていた。話の話題はムーンのことだった。


「なー、あの子は誰なんだ?」


 浦沢がこう聞くと、弓彦は水稲のお茶を飲み、口の中のご飯を飲み込んで答えた。


「アルスの妹分のムーン。あいつも異世界の人間」


「へー、最近よく異世界から人がくるなー」


「昨日は大変だったよ。風呂に入っている中、いきなり現れたんだから」


「そりゃ災難だったな……」


「もう疲れたよ……」


 弓彦は疲れたようにため息を洩らして答えた。その直後、外から窓を叩く音が聞こえた。またショーミかと思った弓彦は、窓に近付いた。だが、外にいたのはショーミではなく、ムーンだった。


「あ、やっと出ましたね‼ お姉様を出しなさい‼」


「か! え! れ! これ以上騒ぐな‼」


「お姉様と一緒にいないと不安なんですよ!」


「お前賢者だろ、一人でも余裕じゃねーか!」


「いいから中に入れなさい!」


「断る! 帰れ!」


 弓彦は窓を閉め、鍵をかけたのだが、ムーンは魔法で鍵を開き、教室の中に入ってしまった。


「あ! そんなのありかよ‼」


「黙りなさい!」


「何だ、またきたのかムーン」


 手を洗うために廊下に出ていたアルスが教室に戻ってきた。アルスの姿を見たムーンは、すぐにアルスに抱き着いた。


「お姉様! やっと会えたー」


「おいおい、帰ればいくらでも会えるだろ」


「いつでもどこでもどんな時でも、私は傍にいたいんです!」


「賢者ってのはワガママなのか?」


 ムーンの言葉を聞き、弓彦は呆れていた。アルスは弓彦の顔を見て、ムーンにこう言った。


「悪いなムーン。もうしばらく家で待ってくれないか?」


「どうしてですか?」


「私は今生徒として、学校に通っている。学校ではあまり騒動を起こしたくないんだ。皆に迷惑がかかる」


「そうです……ね」


 ムーンはそう言うと、窓に近付いた。


「では先に帰ります。待ってますね、お姉さま」


 ムーンはそう言っていたが、外にいた生徒はムーンが窓から飛び降りるんじゃないかと思い、騒いでいた。


「おい、女の子が窓から落ちるつもりだぞ‼」


「止めろー‼」


「親が悲しむぞ‼」


「そんなことをしても意味はない‼」


「ラッキー、パンツが見えた」


「そんなこと言ってる場合かバカ‼」


 下の騒動を聞き、弓彦はムーンにこう言った。


「普通に帰れ」




 自宅に戻ったムーンは、弓彦母にこう聞いた。


「すみません。どうしたら私もお姉様と一緒の学校へ行けるんでしょうか?」


「うーん……ムーンちゃんはアルスちゃんの一つ下よね。じゃあ一緒のクラスは無理かな」


「やっぱり同い年ではないとだめですか……」


「でも来年で十六歳でしょ? 勉強を頑張れば同じ高校へ行くことは出来るわよ」


「そうですか‼ 私、勉強頑張ります‼」


 ムーンはそう言うと、母に高校受験のあれこれを聞き始めた。




 数時間後、剣道部の部活を終えたアルスと弓彦が帰ってきた。


「ただいまー」


「あらおかえり」


 弓彦は靴を脱ぎ、手洗いをするために洗面所へ向かったが、アルスは周囲を見渡していた。


「ムーンはどこですか?」


「今勉強中。来年の高校受験のために頑張ってるのよ」


「ほう。あいつも一緒の高校にきたらにぎやかになるな」


 二人は会話をしていたが、話を聞いていた弓彦は二人にこう言った。


「あいつ、中学行ってないだろ」


 この言葉を聞き、母は弓彦に近付いてこう言った。


「弓彦、世の中気合でどうにかなることがあるのよ」


「母さん、根性論は通じないことがあるよ」


「大丈夫。裏で手を回すから」


「なぁ、俺の家ってなんか裏あるの? 俺に言えない裏事情があるの?」


「子供がそんなことを気にしちゃ駄目よ」


 母は軽く笑いながら去って行った。その姿を見て、弓彦は恐怖と不安を感じていた。




 その夜。弓彦は風呂に入っていた。


「はぁ……なんか裏あるだろ。そんなんなければ、急にきたアルスやムーンを居候にするわけないだろ、どこから金が出てるんだ?」


 家について不安を持った弓彦が、ぶつぶつ独り言を呟いていた。その後、湯船から出て髪を洗い始めた。そんな中、扉の開く音が聞こえた。


「はぁ。お姉様と一緒にお風呂に入りたかったのに、勉強してたら遅くなっちゃった……」


 なんと、ムーンが入ってきたのだ。


「え……いやァァァァァァァァァァ‼ 何であなたがいるんですか⁉」


「それはこっちのセリフだ! 俺の脱いだ服が置いてあっただろ‼」


「レディーファーストを知らないんですか? 女性優先という考えはないんですか?」


「俺はこの後すぐ寝るんだよ! イデッ、泡が目に入った!」


 と、弓彦はシャワーを取ろうと手を動かしたが、シャンプーで目が見えないため、どこにシャワーがあるか分からない。手探りでシャワーを探す中、何か柔らかい物が、手に当たった。その直後、ムーンの悲鳴が聞こえた。


「まさか……」


 弓彦の嫌な予感が当たった。自分の手が掴んでいるのは、蛇口ではなくムーンの胸だったのだ。


「このエロ野郎‼」


 ムーンの放ったビンタが、弓彦の頬に命中した。その音は、リビングまで届いていた。


「大変だな、弓彦は」


 父はその音を聞いて、一言呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る