第19話 仕事の対価







 ナギが屋根の修繕を終えたのは、午後のお茶の時間が過ぎた頃だった。

 ナギは大工道具を片付けると一階のターニャの仕事場に降りる。織物の保管された部屋にターニャを見つけて「終わったよ」と声を掛けると、ターニャはちょいちょいとナギを手招きした。


「お疲れさん。アンタがさっき言ってた布地なんだけどさ、これはどうかなと思って」


 そう言って作業台の上に広げたのは灰色の布地だった。


「これはね、いわゆる羊の毛なんだけれど、温暖地域のメリル種っていう種類の羊の毛で……周りの温度に合わせて温かくなったり逆に熱い空気を逃したりしてくれるんだ。これは毛糸をより細く紡いでできた糸で編んだ布地なんだよ。軽いし、通気性も抜群さ」


 防水加工してしまうと通気性はちょっと落ちるかもしれないけれど、皮の外套よりはよほど通気性はいいと思う、とターニャが教えてくれる。


 ナギの顔が、子どものようにぱあっと輝いた。


「有り難うターニャ! これにする!!」


 布地を握りしめ、お代はいくら? と聞いたナギにターニャは笑った。


「お金はいいよ。今日の仕事分だ。必要な分持っていきな」


 そう言って雨漏りの修理代も渡してくる。ナギは「え?」と手渡されたお給金を見て首を横に振った。


「も、もらえないよ! 屋根踏み抜いちゃったのは俺のせいだし、布さえ分けてくれれば今日の修繕代はいらないよ!」


 渡されたお金をターニャに返そうとしたが、ターニャはそれを断ってナギの胸を軽く叩いた。


「なにいってんの! 雨漏りの修繕はちゃんとアンタに依頼した正当な報酬だろ? 屋根を踏み抜いたのはアンタだけど、踏み抜けるくらい痛んでたんだから、結局遅かれ早かれアンタにまた修理を頼むことになったさ。それをタダで直してもらったんだから、これくらい当たり前だろ」


 人に優しくするのと、自分の仕事を安売りするのは違うよ、とターニャに諭される。


 ナギはまだ納得がいかないようだったけれど、ターニャに「その外套ができたら完成品を見せてにきて。その友達も紹介しておくれよ」とウィンクされて、ナギは「ありがとう……!」と返事をしたのだった。



 布地の専門家のターニャに、いい布を教えてもらえたらラッキーと思っていたのに。思いがけず上質な布地を手に入れることができた。


(これなら、きっといい外套が作れる)


 ターニャの気持ちが嬉しかった。

 アザードに火傷の痕があることは解っていたことだったのに、彼に水浴びを勧めた時に見た姿は衝撃だった。顔だけでなく、身体にも広がる広範囲の焼痕。

 彼は外套の他にもいつも重い剣を背負っていて、纏う空気で只者ではないことが伝わる。けれど、素肌を晒した彼は、筋肉はついているけど思いの外細くて。あの、真っ黒で大きな重い外套の中にいたのは、屈強な戦士ではなく年相応の青年だった。


 可哀想、と思うより、彼の願いの痛切さが伝わって。

 なんとかしてあげたい気持ちが膨らんだ。



 布を包んでもらい、外に出ると龍帰亭の前に『語り荷タヴァリ』が店を広げていた。

 ナギは一瞬通り過ぎようと思ったが、好奇心に負けて立ち止まる。



「こんにちは」


 露天を広げる語り荷に明るく声をかけると、店の男は「まいど」と愛想を返した。

 語り荷はロバから荷を降ろし、路上に厚手の赤い絨毯を引いてその上に商品を並べている。そこにはこの辺りでは見られないような商品が並んでいた。


「凄い。何だコレ」


 砂時計のガラス瓶の中に、色のついた液体が入れられてゆらゆらと揺れている。


「それは油時計さ。砂の代わりに、色のついたオイルが入ってる」

「へぇ……!」


 他にも異国の香りがする商品が並べられていて、ナギは子どものように目を輝かせた。


「あれ。これは……糸?」


 一通り商品を見て回った後、 絨毯の隅の方にひっそりと置かれていた一束の金色の刺繍糸を手に取る。


「あー……それかい? それは砂漠の国で仕入れたシルクの刺繍糸なんだけど、元は色んな色があったんだが売れちまって、それだけになっちまったんだ」

「へー……」


 目の前にその糸を掲げると、日に照らされて光沢のある金色はキラリと光って誰かの瞳を彷彿とさせた。


「兄ちゃん、それ、気に入ったなら安くしてあげるよ。元は結構いい値がするんだけれど、その色一束じゃなかなか売れないからさ」


 これでどうだい? と値段を提示されて、ナギは「買った!!」と即決した。

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