第16話 龍の守り人






 ナギのまとめた調査表には、ナギお手製の山の地図に、行った箇所や特徴などがまとめられている。調査に行った先の植物の種類等も書き込まれていて、なかなか詳細だ。


 アザードはまだ山に登るということ自体で手一杯なため、正直ナギほど注意力を持って調査は進んでいない。……と言ういより、ナギに「アザードはまず山に登ることに今は集中して!」と口うるさく言われている。


 ナギの書き込み具合を見ると、どうやらアザードと山に登っていない時も個人的に調査しているようだ。アザード以外の他の客の案内もしているだろうから、そのついでに調査していても可笑しくはないが……



「……アンタさ、やけに乗り気だよな?」


 確信を持ってナギに問う。

 ナギの仕事は『山の道案内』なのだから、それっぽい所にアザードを安全に連れて行くこと、が仕事のはずだ。自ら調査を買って出なくてもいいし、する必要がない。アザードはナギに調査依頼までは頼んでないからだ。


 ナギは視線を逸らして、明後日の方向を見た。


「いや……まぁ、半分は個人的な感情……というか」


 調査にのめり込みすぎていることを指摘されて、ナギは自覚があったのか頬を掻く。


「子どもの頃に見た龍を、もう一度見てみたいとは思っていたんだよ? いる事は昔から聞かされていたから……」

「……いた?」


 ナギの言葉尻をあざとく拾い上げる。「ちゃんと聞いてるなぁ……」とナギは苦笑した。


「去年死んだじいさんが、ここで代々山守やまもりと案内を務めてたんだけれど、……ご先祖様は龍のびとだったんだって」

「龍……の、守り人?」


「うん」とナギは頷く。


「ずっとずっと昔の話だよ。お伽話みたいなもん。じいさんの家系はずっとこの山で龍の声を聞いて人に伝える仕事をしていたんだって。あと山に入る不要な侵入者を排除したりだとか。もちろん今はそんなことはしてなくて、じいさんなんか龍は見たことないらしいから眉唾なんだけど」


 先祖代々伝わる文献があるでもなく、先祖の口伝だけで伝えられてきたことだから信憑性はない。深い話を聞く前にじいさんはあの世に旅立ってしまった。


「だから……ごめんね? 最初君が龍を探してるって聞いた時、じいさんみたいにこの山の龍を俺が守らなきゃって思っちゃって……」


 つい案内を断ってしまったと申し訳なさそうにナギは頭を掻いた。


「豪快でたまに不思議なことを言う人だったからさ。本当にそうなのかもって思う時があって……俺は実際に龍を見たし、凄く気になっていたんだ。ああ、だから調査に関しては料金はなし! もちろん、今日の分もお代はいらないよ!」


 そう言ってナギは両手を体の前で振った。






「あ。降ってきたね」


 上げた窓から、ぱたぱたと雨粒が軒を叩く音がする。水分を含んだ空気が途端に部屋の中に入ってきた。


「山は天候が変わりやすいから。すでに登ってる状態で振ってきた時は仕方ないけど、濡れれば体力を奪われるし、疲労が溜まれば正常な判断がつかなくなる。悪天候になると解っている時はまずは登らないって選択を取ることが大事だよ」


 火傷を治してもらうのが目的なんだから、死んだら元も子もないだろ?


 ナギの言うことは最もで、理にかなっているとアザードは頷いた。




 雨は段々と酷くなってきて、軒を叩く音も大きくなる。ナギは「この雨だとどこにも行けないし、ゆっくりしていって」と言って席を立った。


「……」


 雨が酷いせいか、いつもなら玄関ポーチの手すりに居座っている小鳥たちも姿が見えない。

 ナギも席を立っていて、誰もいない案内所の部屋で一人、応接椅子に腰掛けていたアザードは急に落ち着かない気持ちになった。


 国を出て、アルカーナを越えた辺りからずっと一人だった。

 人目につかないように、人通りをなるべく避けて。一人になった宿の部屋にはいるとほっとした。


 なのに、今はこんな気持になるなんて。


 火傷の痕が、じくりと痛んだ気がした。



「はい、お茶」



 ふわりとミントの薫りが漂ってきて、アザードの視界にいつものマグが突然差し出される。


「こないだのお茶。熱いから気をつけてね」


 そう言ってクスクス笑いながら自分の分のマグもアザードのむかいに置き、山登りの道具の手入れを始める。途端に、空気が柔らかくなった気がした。


「そう言えばアザード、髪紐変えたの?」


 それ、綺麗だね、とナギがアザードの髪を縛る赤と茶色の髪紐を指差す。


「あ、ああ。……宿のニナがリボンをくれたから……紐に編んだ」


 アザードの言葉にナギが目をパチパチとさせる。アザードは龍帰亭の運搬業務を定期的にすることに決まった話なんかをナギに報告する。

 ナギは「そうなんだ」と柔らかく笑って、しばらく二人はとりとめもない話に花を咲かせた。




「あれ……君、もしかして今日調子悪い?」


 突然、ナギがそんな事を言い出して、アザードはいつも通りだ、と答えようと思った。

 けれど、アザードがなにか言う前にナギの手が額に伸びてくる。


「時々、眉間にしわ寄せてるから……ん、熱はないな」


 体温の高い手が額に触れて。そんな温かな手で熱なんて計れるのか、なんて。

 自然な動作でアザードに触れていった男は、アザードの動揺など気づきもせず、すぐに離れていくと何の気なしに外を見つめた。


「ああ、雨か。ごめん、気づかなくて」


 湿度、火傷の痕にはキツイかもね、と開いた窓をパタリと閉めに行く。


「……」


 熱はなくても顔を赤らめることになったアザードは、ナギをとんでもない男だと思い始めていた。



【第3章につづく】

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