第13話 無邪気な心
「「……」」
雑貨屋までの道すがら、荷馬車に並んだ二人はしばらく無言だった。
(き……気不味い……)
荷馬車で十五分ほどらしい雑貨屋はそんなに遠くはないが、子どもの扱いに慣れていないアザードにはこの沈黙の時間は苦痛だった。ニナはアザードの横にちょこんと座り、怖がるでも楽しむでもなく無表情なまま、揺れる足元を見ている。
子どもといえば、大概がアザードの顔と背中の剣を見れば怖がって逃げていくので、無反応なニナにどうしていいかわからない。たまにすれ違う村民が、「やあニナちゃんお使いかい」とにこやかに声をかけていくが、アザードは戸惑うばかりだ。
(この村の住人、みんな頭がどうかしてるんじゃないか)
以前連れと一緒に旅をしていた時は、愛想の良い年嵩の連れのお陰であからさまな目にはあっていないが、一人になった途端、世間の目は厳しかった。
頭から全身外套を被っていれば、それは確かに何かあるだろうと思われても仕方がない。けれど、強い日差しや人の目線はなかなかくるものがあったし、アザードにとっては死活問題だった。
フードを取れば取ったで、周りから向けられるのは憐れみや畏怖の感情。中には咎人なのではないかと感情をぶつけてくる者もいた。
どのみち精神を削られるのだから、ある程度最初からお互いに距離を保った方が楽で。
……なのになんだ。ここの住人は、ナギを筆頭にやけに距離を詰めてくる。
「――それって、生まれつき?」
突然、ニナがアザードの左手に触れて言った。大きな目が、真っ直ぐアザードを見上げる。
アザードは不意を突かれて、すぐには答えられなかった。
「ねえ」
もう一度問われてハッとする。
「いや……」
「ふーん」
ニナはアザードが返事をすると、さっきまでは下を向いて目を合わせなかったくせに、今度はじっとアザードのフードの中を不躾に見つめてきた。
「……いれずみとか、アザって……悪いことをした人についてるんだって、本に書いてあったよ」
遠慮のない子どもの言葉に、傷つきはしなかったがアザードは代わりに小さく自嘲気味に笑った。
「……間違いねぇな。そーゆー見た目のやつには、気ぃつけろよ」
そう言って、ニナの頭を爛れた左手で一瞬迷った後にぽんぽんと叩く。ニナはもう一度アザードを見上げた。
「ナギが」
馬車の車輪が回る音に混じってニナがまたポツリと言う。アザードはちらりとニナに目線を落とした。
「……ナギがね、いつも言うの。『ものごとはまっさらな心の目で見ろ』って」
脈絡のない言葉に、アザードは困惑気味に眉を寄せた。ぱちりとニナと目が合ったと思うと、女将によく似た顔でにかりと笑う。
「心の目で見たアザードは、あくにんには見えないね?」
小さな手が、アザードの左手をぎゅっと握る。ソレを恐れずに触れてくる幼い手から感じる暖かさに、アザードはフードの奥で目を細めた。
へへへ、と何が嬉しいのかアザードの顔を覗き込んで笑う。アザードは「……誰が悪人だよ」と唇の端を持ち上げた。
小さな案内役の女の子は、小さいながらもちゃんと道案内を勤めてくれた。無口で引っ込み思案な子どもかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。一言アザードと言葉を交わしたあとは、アザードが特に返事を返さなくても一人で何かを喋っていた。
たまに、ああ、うん、と相づちを返すと嬉しそうに見上げてくる。その目を見て、なんだか幼い頃の自分を思い出した。
……少しでも気を引きたくて、自分も色んな話を次々としたっけ。
幼いニナの無邪気さが、そっと心の扉を叩いてくるようだった。
同時に、馬車の揺れが心地よいリズムになって、木々の間から差し込む光が、時折アザードの外套とニナの髪を照らす。
雑貨屋までの道のりは、代わり映えのしない同じような木々の風景が続くだけだったけれど、賑やかなニナのお喋りに、短い時間はあっという間に過ぎていった。
***** *****
雑貨店に着くと、ニナは弾丸のように馬車から飛び降りていった。
「おい、気をつけろよ!」
振り返リもせずに店の中に消えていくニナにやれやれとため息をつく。アザードはにわかに緊張しながら雑貨店の扉をくぐった。店内のカウンターでは店の店主らしき男とニナが談笑している。
「いらっしゃいま――」
入ってきたアザードを見て、店の店主は談笑を止めてあからさまに顔を強張らせた。アザードは嘆息しながら胸に入れていた宿の女将からの言伝を書いた紙を出す。
「アザード来た! おじさん! アザードはね、ウチに泊まってるんだよ! お父さんの代わりにお手伝いしてくれてるの!」
ニナの元気な声に、店主はアザードとニナを目を瞬かせながら「そうなの?」と交互に見た。
「アザードはね、アザがあるけどあくにんじゃないんだって!」
笑顔で言うニナに店主はぎょっとして「ちょっとニナちゃん……!」と焦ったけれど、アザードは笑って「だから誰が悪人だよ」とニナの頭をこつりとやって、女将からの手紙を店主に差し出した。
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