第9話 龍を探して
「君の言う、人の来ない洞窟や泉なんだけど……もちろんこの山にはそういったところは点在してる。ただ――当たり前だけど人が来ない……となるとなかなか日帰りで行けるような標高にはないんだよね」
うむむと唸るナギの顔にアザードが「だろうな」と答える。
それが解っているからこそ、あまり人との接触を好まないアザードがわざわざここを訪ねてきたのだ。
「そもそも、なんでこの山に龍がいるかも……なんて言われてるかなんだけれど、山の中腹以上には夏でも雪が残ってる。夏になっても雪が溶けないのは、そこに龍が棲まっているから……と思われているからなんだ」
「なるほど」
アザードが相槌を返すとナギが眉を下げる。
「正直、上の方はとてもじゃないけど一般人が登れるような山じゃない。霊峰って言われるくらいだからね。それは人が踏みこめない神の領域ってやつで……。無茶して登るとしても、アザードくんが明日行けるところじゃない。……まずは近場を探して、山登りの感覚を掴んでから刻んで行った方がいいよ。仕事もしたいだろうしね。その間俺も個人的に探すし――龍が山頂付近にいるとは限らないし」
ナギの言葉にアザードは違和感を持った。
このナギという青年、初めてあった時から距離が近くて人懐こくて。きっとお人好しなんだろうなと言うことは解った。
……しかし、それにしても龍を探しに来た、などと荒唐無稽なことを言う客に心を砕きすぎではないか? しかも、ナギは最初、アザードを山へ案内したくなさそうだった。
これはまるで――
「――アンタ、龍が本当にいると思っているのか? ……いや、会ったことがあるのか」
妙な確信を持ってその言葉を口にする。
ナギはアザードの指摘に、少し目を見開くと薄く笑った。
「……会った事は、ないよ。……でも、見たことはある。君の言う、龍の不思議な力も」
そう言うとナギは部屋の奥から小さな小瓶に入った灰色の欠片を持ってきた。
それは親指の爪ほどの大きさの、岩石を削ったような欠片で。目の前に掲げるとなにか不思議な気配がした。
「……それ、龍の鱗」
「!?」
驚いてナギの顔を見る。
「欠片だけど」
そうナギは片眉を下げて笑った。
「……子どもの頃、夜に山で迷ってさ。寒くて、怖くて……死ぬかもって一人で泣いてた時に、見たんだ。龍の飛翔を」
真っ暗だった山がその淡く輝く白い燐光に照らされて昼のように明るくなって、風がびゅうびゅうと音を立てた。
一瞬の出来事だったけれど、白い巨体が木々の間から宙に浮かんで、星空に昇り消えていった。
龍が空に昇る際に、その体から白く光る何かがこぼれて、幼いナギの足元に落ちた。闇夜の中で見えていなかったが、そこにあったのはすでに命の灯を消した野兎。その野兎が白い欠片に触れた途端、光り輝いて目を覚ましたのだ。
龍から落ちたその白い何かは、野兎の目覚めとともに砕けて輝きを失った。あっという間に光を亡くしたその何かを、ナギは慌てて拾って持ち帰ったのだ。
「俺を探しに来たじいさんに言ったら、それはきっと龍の鱗だろうって。龍の鱗には癒やしの力があるんだってじいさんは言ってた。俺にとって、あの龍は希望みたいなもんだったから。……だから、アザードくんの話を聞いた時、またあの龍に会えるかもって、思ったんだ」
龍の存在が、現実味を帯びる。アザードはゴクリと唾を飲み込んだ。
冷えた血液が、巡りだす。なくした希望が、再び見えた気がした。
【第2章につづく】
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