第5話 龍に願うもの
よくよく見れば、長く伸ばした前髪で隠れてはいるが、青年の火傷の痕は広範囲で、首元まである服や長袖からチラリと見える指先も爛れて変色している箇所が見られた。逆に爛れていない右側の肌は透けるように白くて、明るい所で見た瞳は金色に輝いていた。
じっとナギが己の顔を凝視している事に気がついて、はっと、青年が慌ててフードを被り直す。ぐっとフードを下げた仕草を見て、ナギは自分が不躾に彼を見ていた事に気がついた。
「ご、ごめん」
危なかった所を助けたのはナギなのだから、謝る必要もないはずだが、彼を一人で山に登らせたのは自分にも責任がある気がして。口からついて出たのは謝罪の言葉だった。
「……怪我、してない?」
今年二十一になるナギよりも二つ若いこの青年が、夏だというのに外套をすっぽりと被っている理由が腑に落ちた。あんなに怖く見えた彼の姿が、傷ついて周りを警戒している手負いの獣のように見える。青年はおずおずと「少し足を痛めたくらいだ」と答えた。
一旦、案内所に戻ろう、と、ナギは青年に肩を貸しながら山を降りた。
幸い、彼の言った通り足の具合は大したことはなくて、冷やせば数日で腫れは引くだろう。
案内所で手当をしながら、「山は慣れていても危険が伴うから、絶対にひとりで登っちゃダメだよ。それに、防寒対策には確かに外套の持参は有効だけれど、あまり長いと足元も見えないし……」と改めてアドバイスをする。
「いや、まあ……その案内を断ったのは俺なんだけどさ」
ごめんねと、少し申し訳なさそうに言うと、外套の青年は決心したようにフードの淵をぐっと握り、ゆっくりと目深に被っていたフードを下ろした。
「俺の名はアザードという。この通り、火傷の痕が酷くて。……強い日に当たると少々都合が悪い。不思議な力を持つという伝承の龍を探している。山に慣れていないから……どうか力を貸して欲しい」
そう言って前髪の間から見えた金色の瞳は、ナギが想像していたより真摯で静かな色をして。
いつもは絶対にそんな目で人を見ないのに、女将から聞いた情報で先入観があったとは言え、仕事への使命感で少々穿った目で彼を見ていたことに気がついた。ナギの体中の毛穴から、ぶわっと汗が出て、熱いのに体が一気に冷える。
「ご、ごめん! 君の話をちゃんと聞かずに……本当に申し訳ない!」
真夏の長袖も外套も、火傷の痕や周りの目から身を守るものだったのだ。自分より年若い青年が、こんな火傷を負っていたらそれは隠したくもなるだろう。
(じいさんから、物事はまっさらな心の目で見ろって言われてたのに……!)
ナギは自分の態度を恥じて頭を下げた。その様子に、アザードは面食らう。
「いや……確かに怪しさ満点だよな。気にしないでくれ。こっちはもう慣れっこだし、確かにアンタの言うことは間違いじゃない」
龍を探すには、どんな予定で山に登るのが最適だろうか、とアザードに問われて、ナギは慌ててアザードにきちんと向き直った。
「ええと……龍を探したいってことだけど……まずは、その情報はどこから?」
改めてお茶を出しながらナギが尋ねる。
「俺は……南の方から旅をしてきたんだが、クリュスランツェの国は今でも精霊や魔法が数多く息づいていると聞く。旅の途中で色々と聞いて回ったが、これだけ精霊の息吹が強いのはきっとどこかに龍がいるからだと。それで、実際龍の伝承がある場所を調べて。……俺はどうしても、その龍に会いたいんだ」
膝の上で組んで握られた手に力が入る。変色して痛々しい左手が、彼の思いが本気だということを物語っていた。
「……なんで、龍に会いたいか、聞いていい?」
その理由は、聞かなくても解る気がしたけれど。
ゆっくりと顔を上たアザードは、ナギの目をその金に輝く瞳で真っ直ぐに見た。
「この、俺の火傷の傷を、龍に治して貰いたい」
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