第3話 依頼の拒否
(……こ、怖かったぁ……!)
声の雰囲気から、外套の男が思ったより若いかも……とは思ったが、背に担いでいる剣を見ると流石に体が怯んだ。ナギは体が大きな方だし、体力には自信があるが武術の心得はない。何の変哲もない山男だから、剣でバッサリとやられてしまっては一巻の終わりだ。
それでも、ナギは怯むわけにはいかなかった。
山の入口を預かる道先案内人として、山に登ったことのない人を安易に入山させて命を落とさせるわけには行かない。それに――
(龍を、探してるって言ってた)
この世界には、確かに龍という生き物は存在する。……だが、魔物や魔獣、精霊よりもその姿を見たことがある人間は数が少ないだろう。世界の所々で龍の伝説、などという話があるのは『伝説』にされるくらい誰も出会わないからだ。
世界に存在する魔法は、火・水・風・土の四大元素の精霊が息づいているからで。
魔法使いと呼ばれる人達は、その精霊の声を聞き、力を借りて目に見える『魔法』と言う力に変えるらしい。そしてその精霊達も、もっと大きな存在に力をもらっている。それは精獣であり、それ以上に大いなる存在が――龍。
見た目は巨大な蛇。鹿のような角に獅子のようなたてがみ、蛇のようでありながら四肢には鋭い鉤爪、鱗は白銀とも黒曜石のようだとも言われている。
これは全て伝承や書物に書かれていたことであり、実際ナギの周りで見たという人はいないが。だが、確かにこの山には龍が棲んでいるという伝承がある。
龍はその息で山に雪を降らせ、人を寄せ付けないようにしているのだと。身体は雪のように白い鱗で覆われており、その鱗を手にした者は願いを叶えられる――。
それは、この土地に古くから伝わるお伽噺のようなものだ。実際に、その龍の力を手に入れた者の話は聞いたことがないし、ナギの住むカザナ村でも目撃したという者はいない。
ただ、夏でもとけぬ山頂の雪が、まるでその伝承を裏付けるようで。
時折、その存在と力を信じた者がやってくる。
ナギには、龍を目的にする者を安易に山に入れるわけにはいかない理由があった。
「……俺は、じいさんの孫だからな」
ナギは小さく呟いて、案内所を後にした。
山の案内の仕事はそうしょっちゅう入るものではないから、ナギは普段村の大工仕事を請け負ったり、村人からの頼まれごとを聞いたりして生計を立てていた。同じような生き方をして生活していた祖父の伝手もあり、派手ではないが問題なく生計を立てている。
今日は織物屋の荷車の調整と、祖父からの馴染みのおばあさんの顔でも見てくるかと村に足を向けた。
頼みの仕事を粗方終え、龍帰亭の前を通るとちょうど玄関から出てきた女将とかち合う。女将はあれ? という顔をした。
「? どうしたの」
思わずたずねたナギに、女将は「いいや」と宿を振り返るように一瞬見ながら話し出す。
「……あの全身真っ黒のお客さん、金も払わずに出掛けたからさ。未払は困ると思って声をかけたのよ。そうしたらちょっと山に登ってくるって言ってたから……てっきりアンタの案内で山に登ってるもんだと思って」
夜には帰るって言ってたけどね、と女将から聞いて、ナギは「え」と青くなった。
「嘘だろ!? あの人一人で山に入ったのかよ!?」
山登りはあまり経験がないと言っていたから、あの険しい山を登るのに案内人が雇えないとなれば諦めると思っていた。
麓周辺を散策するだけなら問題はないだろうが、彼はなんと言っていた?
山の知識がないのに、人気のない洞窟や泉を探して歩き回れば危険しかない。
山の案内人として一通りの忠告はした。だからその後、あの男がどこで遭難しようがナギに責任はない。ないけれど……
……少しの私情で、案内を断った自覚がナギにはあった。
ナギは慌てて踵を返した。
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