第1章 旅人との出会い
第1話 山間の村
天を刺すような山頂から降りてくる涼風が、木々や人の髪を揺らす。冬は命を脅かすような冷気も、夏の頃は心地よく感じるのだからこの山に龍がいるという伝承は確かにそうかも知れない。
一年の多くを雪に覆われた国、クリュスランツェの山間のカザナ村で、短い夏を堪能しているナギは目に見えない山の龍に感謝した。
「おや、ナギ! こないだは雨漏りの修繕有難うね。今朝は早いじゃないか」
見回りかい? と宿場の女将に声をかけられた大柄の青年はにこりと笑って、元々垂れた目尻をよけいに下げた。
「ああ、うん! ちょっと山道を見回ってきた。こないだ山に登った人が熊を見たっていうから」
のんびりとした雰囲気だが、これでいてよく働いて頼りになる青年を女将はなかなかに買っている。
「それはご苦労だったね。アンタ朝食まだだろ? こないだの礼に食べてきな」
少々強引に宿の食堂を指さした女将にナギは「本当に? 悪いなー」と眉をハの字にさげてのんびり笑った。
そのまま女将の後ろについて、カザナ村で唯一の宿屋『
早朝のため他に客はなく、ナギは適当にカウンターに腰を下ろした。女将が温かいスープとパン、厚めのベーコンを出してくれる。
女将の好意に礼を言って食事を御馳走になる。厚めに焼いたベーコンからは湯気が上がり、肉汁が滴って贅沢な味がした。旨いなぁ! と頬張るナギに女将が笑った。
「アンタんとこのじいさんが亡くなってそろそろ一年か……どうだい、一人は慣れたかい?」
いつもは豪快な女将の気遣った声色に、ナギは視線だけやって唇を持ち上げた。
「まぁね。晩年はじいさんも体が動かなくてほとんど俺が世話してたし。今はある意味身軽なもんだよ」
山の道先案内人をしていた猟師の祖父と当たり前のように同じ職を選んだ青年は、その名前のように凪いだ表情で微笑んだ。
「……身軽になったのはいいんだけどねぇ……。今度はそしたらいい加減、嫁さんをもらわなきゃね」
最近よく言われる女将からの台詞に「そりゃまあ、いい人がいればね」とナギは苦笑いするしかない。
「あ。そう言えば」
急に、声の大きな女将が声を潜めたのでナギは自然と女将に近寄り耳を傾けた。
「……今二階に泊まってるお客さんなんだけどね。もしかしたらあとでアンタのところに行くかもよ」
「客?」
自分のところに来るということは、山の道案内だろうか。
女将は声を潜めたまま眉も寄せた。
「いやね、それがちょっと変わった客なんだ。いくら気候の涼しいこの辺だって言ってもね、夏だろう? なのにフードを目深に被ってさ。そこの掲示板に貼られてるアンタんとこの道案内の紙を見て『ここへはどうやって行ったらいい』って聞いてきたからさ」
夏だって言うのに長袖を着込んで……ありゃあ訳アリだね、と女将は言う。
「しかも背中に剣をさしてた。声からして若そうではあったけど……ヤバい奴かもしれないから気をつけな」
女将の忠告にナギは「へぇ~」と返事をして、朝食をおかわりした。
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