「奥さんと全然違うから、私にしたの?」

 からかうような声を、意識して出した。沈んだ声を出したり、本気の片鱗を見せたら、あっさり切り捨てられる予感はあった。彼には、相手なんていくらでもいる。職場にも、結婚指輪を毎日つけて仕事をこなす彼に、それでも憧れている女の子は大勢いた。その掃いて捨てるほどの女の子たちの中で、彼が私を選んだ理由は、なんなのだろうか。私が特別美人だとか、特別性格がいいだとか、そんな理由がないことくらい、私がいつ版よく分かっている。そもそも、もしかしたら、本当は彼は私を選んだわけではなくて、他にもセックスをする相手はいるのかもしれないけれど。

 「妻と違うから? ……さぁ。人間はみんな違うものだろう。女性は特に。」

 やさしいようで、酷薄な言葉だと思った。人間はみんな違う。理解なんてし合えないし、そもそもする気がない。女性とは特に。

 私は唇を噛み締め、彼の手を髪から引き離して、指と指とを絡ませた。きつく。離れないように。彼は、指が長くて、うっとりするほど形の整った手をしている。彼に憧れる女の子たちは、正確にはこの手に憧れているのだと思う。それは、自覚の有無にかかわらず。この手が与えてくれるであろう快楽。それを滲ませるような手。多分、生殖能力を携える年齢のおんなにしか分からない、その匂い。

 奥さんもだろうか、と、思考が勝手にめぐる。奥さんのことなんて考えたくない、と思っているのに。奥さんと彼は、当然肉体関係を持っているわけだ。彼には子どもがいる。彼の職場のデスクには、子どもの写真が一枚飾られている。髪の長い、彼に似て聡明そうな顔をした女の子だ。彼は子どもの話を私にするほど無神経ではないけれど、存在を隠そうともしない。

 「じゃあ、私が奥さんとそっくりだったら、こういうこと、してた?」

 詮のないことを言っている。ちゃんと分かっていた。私はこのひとの奥さんには全然似ていないし、私がこのひとの奥さんになれないのは、出会ったタイミングとかそんなことではなくて、私が私だからだ。このひとは、私には本気にならない。

 「していたよ。きみがきみならね。」

 彼はそうやって、口にした途端にばれる嘘をつく。彼が嘘が下手なわけじゃない、私が余計なことを言ったせいだ。こんな場面では、すぐにばれる嘘をつくくらいしか、場を取り繕うすべはない。

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