その日の放課後、周子ちゃんがバレエのレッスンで家にはいないことを、私は知っていた。

 じゃあね、と手を振って、周子ちゃんと学校の前で別れた後、私は当たり前に自分の家に帰った。いつも通りの、ひとりの家。パパは今夜は仕事で帰ってこない。

 二階の自分の部屋に上がって、制服を脱いで、部屋着に着替えようと箪笥を開ける。パパはこの家を建てた頃、当たり前にママもこの家に住んで、もっと言えば私の弟か妹も増える予定でいたのだと思う。二階建ての家は、二人暮らしには広すぎた。

 そんなことをぼんやり考えながら、いくらかよれたトレーナーを引っ張り出そうとした手が、なぜだか余所行きのブラウスとスカートを取り出していた。お気に入りの、千鳥格子の襟が付いたブラウスと、深緑色のミニのタイトスカート。時々パパがレストランに連れて行ってくれるときに選ぶ組み合わせだった。

 あれ? なんで、こんな服を? もう今日は、お風呂に入って、ご飯を食べて、明日周子ちゃんにあらすじを説明するために、恋愛ドラマを観るだけのはずなのに。

 自分でも不思議に思いながら、ブラウスとスカートを身に付け、一階の洗面所まで降りていき、鏡の前で髪型を整える。少しずつ買いためているお化粧品で、瞼と唇に、ちょこちょこと色をつけてもみた。これは、パパとレストランに行くときもやらないことだ。パパは私がお化粧品を持っていることを知らないから。

 鏡の中の私は、慣れない下手なメイクも相まって、大人びて見えるどころか幼さが強調されている気がした。メイクを全部落してしまおうか、と、少し迷ったけれど、やっぱりそのままにしてヒールのあるショートブーツを履いて家を出た。

 自分がこんな恰好をして、どこに行こうとしているのかは、まだいまいち分かっていなかったけれど、家を出ると、まだ履き慣れていない5センチヒールの足は、自然と学校の方に向かった。せいぜい歩いて7分の道のり。でも、自分が学校に行こうとしているんじゃないことくらい、もう分かっていた。だから、学校の校門前を通り過ぎて、更に奥の方へ進んでいく。いつの間にかすっかり日は落ちて、ブラウス1枚では秋の夜風は少し寒かった。

 寒いから、早く。

 そんなことを他人事みたいに考えながら、私はいつか周子ちゃんに聞いたとおりにバス停をこえ、真っ直ぐ5分間歩き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る