桜木美知佳・友人の母
「周子ちゃんのママって、すごい美人ね。」
私が驚いてそう耳打ちをすると、周子ちゃんはくすぐったそうに笑って、そう? と首を傾げた。そんなことは、とうに言われ慣れているのであろう表情だった。中学二年生の春、授業参観日の休み時間だった。
その前の授業を見学に来ていたお父さんお母さんたちの中で、周子ちゃんのママはひとりだけ、明らかに群を抜いていた。紺色のワンピースとジャケット。服装なら地味な方だったし、別に背が高いとかそういうわけでもないのに、立っているだけでひどく目だっていた。肌の色がごく白いからかもしれないし、髪の色がごく黒いからかもしれない。とにかく目立つ周子ちゃんのママは、自分が目立っていることになんて気が付いていないみたいにふわりと微笑んで、周子ちゃんに控えめに手を振っていた。周子ちゃんも、自分のママがちょっとびっくりするくらいの美人であることになんて、まるで気が付いていないみたいににっこりして、手を振りかえした。
私には、ママがいない。パパは今日は仕事で休めない。ママの両親がどこでなにをしているのか、生きているのか死んでいるのかも知らなくて、パパの両親は生きてはいるけど飛行機の距離に住んでいて、何年かに一回しか会わない。つまり、授業参観に来てくれるようなひとはいない。だからといって、別にパパやママが学校まで来てくれる同級生のことを、羨ましいとか妬ましいと思ったこともない。ただ、うちとはちょっと違うんだな、と思うだけの話で。パパの仕事は長距離トラックの運転手だから、私は数日間ひとりで家にいることにだって慣れていた。
「美知佳ちゃんのママは?」
「来てないの。」
「そうなんだ。」
そこまでで、親の話は終わって、そこから私と周子ちゃんは、昨日見たテレビ番組の話なんかをしていた。周子ちゃんはたくさん習い事をしていてあまりテレビを見られないので、部活から帰った夜は家でひとり、テレビばかり見ている私から、テレビドラマのあらすじを聞くのを楽しみにしている。だから私も最近は、かなり熱心にドラマを見るようになっていた。
昨日放送だった恋愛ドラマのあらすじを話して、特に印象的だったシーンは身振り手振りも入れて、声色なんかも変えたりして再現しながら、私はなんでだか、一度周子ちゃんに聞いたことのある、周子ちゃんの通学路を思い返していた。確か、うちからは学校を挟んで反対方面にある住宅地の中の、バス停近く。
なんで、こんなことを思い出すのだろう。ずっと忘れていたような雑談の内容なのに。
私は内心で首を傾げながら、次の授業が始まるまでドラマの再現を続けた。
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