第4話 驚きの料理

 

「外で料理をするのは、僕の国では普通なことなんだ。

 遠くの場所に行くつもりだったから、料理の準備もしてるよ」



 大きめのリュックが置いてあるところに向かい、小さく切られた木と小鍋などを取り出すレト。


 必要な物を迷わず選んでいる。


 恐らく、普段から使い慣れているんだろう。


 料理を始めるため、土を剥き出しにしてから木を置いて、焚き火を作る。


 まるでキャンプに招待されたみたいだ。



「昨日、農家の人からジャガをもらったんだ。

 美味しいから、きっと、かけらの口にも合うと思うよ」


 レトは笑みを浮かべて、リュックから食材を取り出した。


 薄い茶色をしていて、ゴツゴツとした丸い物体。


 手の平で包み込めるくらいの大きさ。……これは、じゃがいもだ。


 見た目は、私が知っているじゃがいもと全く同じ。違うのは、呼び方だけだ。



 じゃがいもはたくさんのレシピがあって、色んな食材と合うから、とても美味しい食べ物。


 私にとって好きな野菜の一つだ。


 外で調理をして食べるというと、カレーが思い浮かぶ。


 そういう美味しい料理を作ってくれているのかな……。


 楽しみにしながら、横になって目を閉じた。



「おーい、かけら……。

あれっ、寝ているのかな?」


 声が聞こえてきて目が覚めると、隣にレトがいたことに気付く。


 どうやら私は眠ってしまっていたようだ。


「れっ……、レト!?

 もしかして、私の寝顔を見た……?

 恥ずかしすぎるんだけど……」


「もちろん。倒れている時も見ていたよ。

 小動物の寝顔みたいに可愛いなって思ったから、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ」



 かっ、可愛い……!?


 自分には似合わない言葉だから、なんて反応をしたらいいのか分からなくなる。



「料理ができから食べようよ。

火加減がいい感じだったから、美味しくできたと思う」


 レトは自信満々な表情で料理を器に取り分けて、木製のスプーンと一緒に渡してきた。


「ありがとう。これは……、ん……?

 じゃがいものおかゆ……?」


「知らないのかい?

 これはジャガ煮だよ。ジャガを水で煮込むんだ。

 どんな場所でもすぐに作れて、体を温めることができる料理さ」


「他に何か入れたりしないの?」



「このまま食べるんだよ。

 どこの家庭でもジャガ煮を主食にしてるから、かけらの家でも食べているのかと思った」


「色んな野菜も入っている似たような料理は作ったことがあるけど……。

 これを食べるのは初めてかな……」



 鼻を近づけてみると、土臭さがして、微かに甘い香りがする。


 恐る恐るジャガ煮をスプーンで掬ってみる。


 滑らかにしていないポタージュみたいだ。


 見た目はよくないけど、食べてみたら美味しいかもしれない。


 それに、レトが私のために作ってくれたのだから、喜んでいただこう。


 自分にそう言い聞かせながら、スプーンを口に運ぶ。



「いただきます……」


「どうぞ。おかわりもあるから、たくさん食べてね」


 パクッと一口食べてから、レトに顔を見られないように横を向いた。



 まっ、不味い……。


 想像していたより百倍不味い……!



 泥臭さと薄い甘みが口いっぱいに広がって、飲み込むのでさえ難しい。


 こんなにも不味いじゃがいもの料理は、今まで食べたことがない。


 好き嫌いが少ない私でも受け付けられない味だ。



「どうかな? 僕は自信作だと思うけど」


 レトは、無邪気に感想を求めてくる。


 そして、こちらを向けと言っているような圧を感じた。


 助けてくれた恩人に、この料理はとても不味いだなんて言えない……。



 無理矢理に笑顔を作ってレトの方を向き、感想を伝えることにした。



「おっ……、美味しいよ……!

とっても……、美味しい……」


「笑顔と手が震えるほど、美味しかったんだね。よかった……」



 もう一度口に運ぶ勇気がない私。一方、レトは嫌な顔をしないでパクパクと食べている。


 まるで罰ゲームに当たりすぎて、慣れてしまった超人のようだ。


 私も頑張ろう……。お腹を満たすために……。



「かけらの家の主食がジャガ煮ではないってことは肉が主食?」


「主食は米かな。

肉は毎日食べているけど、おかずみたいなものだよ」



「もしかして、かけらはどこかの王族か貴族?」


「いやいや、私はただの庶民だから。

 肉を買うのだって大変なくらいだし……。

 レトの家もそういう感じなの?」



 質問の仕方がよくなかったのだろうか……。


 レトは急に困ったような顔をして器を置き、指を組んで俯いた。



「僕の家というより、この国では肉を食べないんだ。

 動物を大切にする決まりがあって、食べ物は野菜と果物のみ許されている。

 色々あって、質素な生活をしているんだよ」



 何があったんだろう……。


 じゃがいもと水だけで料理を作るほど貧しいんだろうか……。



「調味料を使ったりしないの?」


「えっ……。なんだい? その名前の物は……」


 レトは驚いた顔をして首を傾げている。


 自分が知っている範囲でしか答えられないけど、分かるように心掛けて説明してみることにした。


「しょっぱい味とか旨味を付け加える物だよ。

 あっ……! 塩ならどこにでもあるよね。そういう物かな」



「塩……?」



 まさか、塩も知らないというのだろうか。


 驚いてしまうけど、とりあえずレトの質問に答える。


「海の水ってしょっぱいじゃん?

 それを蒸発させてできる物だよ」



「水から何かを作り出すなんて、すごい技術だね。

 この国には大昔に海があったんだけど、土地を奪われてから、山や平原しかなくなってしまって……。


 僕が生まれた時にはそうなっていたから、海に行かないまま人生が終わるんだろうなって思う」



 つまり、レトは一度も海を見たことがないんだ……。


 砂浜があって、そこに波がきて、綺麗な水平線が見えるあの壮大な景色を……。



「かけらが言っていた調味料っていう物も、他国にあるのかな」


 自然が豊かで平和そうな場所にいるのに、草原を見つめて悲しそうな表情をするレト。



 この国は何か問題を抱えているんだろうか……――



 色んな疑問が浮かんできて、どんどん興味が湧いてくる。


 せっかく自由になれる場所に来たのだから、この世界のことをよく知ってみたい。



 でもその前に、やりたいことがある。


 助けてくれて、料理まで作ってくれたレトにお礼をしたい。



 我慢してジャガ煮を掻き込んでから、私は立ち上がった。


「今度は私がレトのために料理を作りたい!」


「えっ……。かけらが、僕に……!?」


「ジャガを使って他の料理を作ってみたいの。

 まずはジャガをなんとかして手に入れて、それから――」


「僕の持っているジャガを使いなよ」


「いいの……?」


「かけらになら、いくらだってあげるよ。

 面白い話を聞かせてもらったからね。特別さ」


「ありがとう、レト」



 “特別”か……。


 初めて言われたせいか、その言葉が心を温かくする。


 まだ出会って間もないから、レトの本当の気持ちは分からないけど……。


 優しく微笑んで言われたら、勘違いしてしまう……――


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