第3話 ここはどこ?

 

 レトは勢いよく私を地面に向かって押し倒した。


 優しそうな人だと思っていたのに、いきなり強引になるから驚いてしまう。


 しかも、キスができるくらいに顔を近づけられた。


 レトって……、肉食系男子……!?


 あまりにも緊張して動けなくなり、鼓動が早くなる。


 出会ったばかりだというのに、なぜなのか嫌だと思えなかった。


 多分、かっこいいからだろうか。


 恋愛経験がないから、どうしたらいいのかも分からない。



「はっ……! かけら、ごめん……!」


 レトは謝ってからすぐに両手を離す。


 そして、視線を逸して眉を下げ、赤くなった顔の口元を手で隠した。



「こんなはずでは……。

 かけらを心配して、寝かせようとしただけなのに……。

 節操がないやつだと思われてしまうね……」


「うっ、うん……。

 何かされるのかと思った」



「やましいことをするつもりはないよ!

 倒れていた人を襲うなんてことは、僕にはできない。

 でも、無理しないで、横になっていて欲しかったから……」


 どうやら、悪気があって押し倒したわけではないらしい。心配してくれていただけのようだ。



 一気に静かになって、風で揺れる草の音だけが聞こえてくる。


 私はそのまま横になって、早い鼓動が落ち着くのを待つ。


 お互いに顔を見ることができなくなって、しばらく沈黙が流れた。



「ねぇ、かけら……。

 きみはどこに住んでいたのかな?

 途中で倒れると大変だから送って行くよ」


「街から山沿いの方に出て……。

 会社がたくさんある場所の近くのボロボロなアパートに住んでいたよ」



「ん? 聞いたことがない場所だね。

 会社とアパートとか知らない言葉だし、僕の国にはない。

 もしかして……、かけらは他の国から来たというのかい?」


「えっ……? ここは、なんていう国なの?」


「グリーンホライズン。

 この世界で一番自然が豊かな場所だよ」



 全く聞いたことがない名前が出てきて、ぽかんと口を開ける。


 世界地図を思い浮かべて、どの辺にあるか考えてみるものの、パッと出てこない。



「どこかの国の田舎とか……?」


「ははっ、確かに自然が多いから田舎みたいな感じだけど……。これでも立派な国だよ。

 グリーンホライズンを知らないなんて珍しい人もいるものだね」


 レトは笑っているけど、私はゾクリとしていた。


 聞いたことがない国の名前が出てくるということは、信じたくないけれど……。こう思うしかない。



 ここは、私が住んでいた日本ではないということ――



 仕事中に階段から落ちた後、私の人生は終わってしまったのだろうか。


 嫌なことばかり起こって、つらかった人生が……。



「もしかして、ここは天国にある一つの国?それとも地獄?」


「本当に大丈夫かい?

 ここは死後の世界ではないよ。

 だけど……、天国のように幸せな世界だったら、どれほどいいものか……」


 レトの優しそうな顔が、少しだけ曇ったように見えた。


 会社とアパートがない世界。


 私が住んでいた国ではそんな場所はないはず……。


 信じられないけど、ここは知らない世界なのかもしれない……。


 つまり、ここには、嫌な職場と同僚がいない。



 私は……、あの嫌な日々から開放されて自由になれたんだ。



 ずっとつらかったから、離れられたのが嬉しくて口角が上がる。

 夢かもしれないけど、この時間を楽しみたいと思えた。



 今の自分の状況が少し分かって安心した時、ぐうっとお腹が鳴ってしまった。


 聞かれてしまうほど、大きく鳴ったから恥ずかしい。


「ごめんなさい……。お腹が空いてるみたいで……」



「お腹が空くのは、誰でも一緒さ。

 真上にあった太陽が西の方に進んでいるから、昼が過ぎているのかもしれないね。

 今からご飯の準備をするから待っていて」


「周りに草しかないのに……。

 こんなところでご飯が作れるの?」

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