第二章 記録のはじまり
夜。蓮は自室の机に向かっていた。
教室での湊との会話を思い出しながら、ノートを開く。
ページの上には、まだ白い余白が広がっている。
ペンを握り直し、静かに書き始めた。
――「トロッコは止まらない。だが、選ぶことだけはできる。」
文字を綴るたびに、頭の中に線路の映像が浮かんだ。
鉄の匂い、轟音、急に迫る決断の瞬間……それは授業で学んだ「トロッコ問題」を、現実の感覚として再現するものだった。
蓮は気づいた。
――これはただの文章ではない。書くたびに、世界が自分の中で形を持ち始める。
次の行に書いた。
――「片方の線路には五人の老人、もう片方には赤ちゃんが一人。止められないトロッコ、どちらかが犠牲になる」
ペンを置くと、窓の外で風がカーテンを揺らした。その瞬間、部屋の空気が変わったような気がした。
文字から、音が聞こえた。
金属の軋む音。遠くで泣く赤ちゃんの声。
蓮は息をのんだ。
――まるで、書いた世界が目の前に現れたかのようだ。
怖くて手を止めようとした。しかし好奇心が勝った。
もう戻れない。ノートの中に、蓮自身が入っていく――そういう感覚があった。
蓮は深呼吸をして、ペンを握り直す。
――「選択するのは誰だ? 僕か、それとも……未来か?」
部屋の灯りの下、ノートの文字が揺れた。
窓の外の影も、線路の向こうに立つ老人たちも、赤ちゃんも、すべて現実と夢の間に存在するようだった。
そして、蓮は知っていた。
――ここから先は、僕自身が線路の上に立つことになる、と。
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