線路の彼方に

@MindNova

第一章 トロッコの線路で

放課後の教室。夕陽が長く影を落としていた。

蓮は黒板にチョークで二本の線路を描きながら、静かに息をついた。


「もし暴走するトロッコがあって、片方には五人の老人、もう片方には赤ちゃんが一人いたら……」

蓮の声は低く、でも確かな重みを帯びていた。


「……え、なんでそんな話?」

親友の湊が、机に肘をつき、ペンをくるくる回しながら聞き返す。

「トロッコ問題だよ。授業でやったことあるだろ? でも、今回は少し複雑だ」


蓮は黒板の線路を指差す。

「五人はこの国を支える超エリートで、赤ちゃんは余命一年と宣告されている。トロッコは止められない。どちらかが犠牲になる」


湊は眉をひそめ、しばらく黙った。

「そっか……難しいな。でも、俺なら赤ちゃんを助けたい」


「理由は?」

「未来を選びたいんだ。今よりも、これからを信じたい」

湊の声には迷いはなかった。


蓮は窓の外に目を向ける。赤く染まる街を見ながら、ぽつりとつぶやいた。

「でも、その赤ちゃんが死んでも、国が崩壊したら……結局生きる場所もなくなるんだ。今を守らないと、未来も意味がない」


湊は黙って黒板の線路を見つめた。

「……なるほどな。だからこそ、どっちを助けるかなんて、正解はないんだ」


蓮は微かに笑った。

「そう。ある意味、この国自体が余命宣告を受けている。未来を救うか、今を救うか――答えは誰にも出せない」


湊は小さく息をつき、やがて笑った。

「蓮、お前の話、これ全部小説にしたら面白そうだな」


蓮はうなずき、ノートを開く。ペンを走らせながら、静かに書き出した。

――『トロッコは止まらない。だが、選ぶことだけはできる。』

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