出会い。そして絆
――ピーンポーン。
間延びした呼び鈴の音が、俺――
俺は「……フゥ」と深く息をつくと、リモコンでテレビの賑やかな画面を消した。
手元のスマホを見ると、21時11分と時刻が表示されている。
「……なるほど、な」
そう小さく呟くと、俺は立ち上がり、財布を手に取って玄関へ向かった。
そしてドアを開けると――
「お待たせいたしました、デリピザイタリアンです! ご注文のピザをお届けにまいりました!」
ピザの配達員――俺と同年齢であろう三十代前半の男が、ピザの箱を抱えて立っていた。
「お値段、ニ千八百五十円になります!」
「いや、その前に言うことあるだろ」
「え? あ、すいません、忘れてました! わたし、
「そんなしょうもない特技は胸の奥に永遠に閉まっとけ! てか誰が自己紹介しろって言った!? 違うだろうが! 今言うべきは“遅れてすいません”の一言だろ! ピザ頼んだの20時前だぞ? なのになんで21時過ぎてからノコノコ配達に来てんだ、お前は!!」
「あ、そっちでしたか。すいません、理由はちゃんとあるんですけど……。言えないんです」
「なんで?」
「話すと長くて、わたしが途中で面倒くさくなっちゃうんで」
「黙れ! いいからさっさと話せ!」
「……わかりました。そこまでお客さんが小うるさく言うのなら、渋々ですけど話します」
「お前、客に対する礼儀を知らんのか?」
「まずお客さんに言いたいのは、実はわたし、宇宙人らしいんです」
「ほほぅ、宇宙人か。いきなり
「ここに配達に来る前、
「幹線道路で人攫いか。最近のUFOはずいぶんと人目のつく場所で誘拐をするようになったんだな」
「ふと気付いたら、わたしは真っ白な空間のど真ん中に立っていて、目の前には地球人そっくりの女性の宇宙人がいたんです!」
「宇宙人が地球人とそっくり? こりゃ世紀の大発見だな」
「その宇宙人が言うんです。『あなたはほんとうは地球人ではなく、我々と同じ宇宙人』だって。そして母星に帰ればあなたは一生遊んで暮らせるVIP待遇が待っているんだと!」
「え〜。その宇宙人はどの日本語学校で日本語を勉強したんだろうな」
「でもわたしにはピザを届けるという重大な使命があるから帰れない、と丁重にお断りすると、女性の宇宙人は悲しそうにしながらも、どこか納得した様子で『それなら仕方ないですね……。責任感が強いあなたらしい判断です』なんて言ってくれて。気付くと元いた場所に戻っていて、そこからバイクを全開で走らせたんですけど、結局こうして遅れちゃったわけなんです」
「つまりなんだ。俺のために母星のVIP待遇を断ったってことか」
「……お客さん。どうか気に病まないでください。わたしはピザの配達員として当たり前のことをしただけなんで」
「……でもこれまでの話全部、嘘なんだろ?」
「嫌だなぁ、お客さん。当然嘘に決まってるじゃないですか」
「嘘だと認めんの
「でも嘘はやっぱりよくないんで」
「だったら最初から嘘なんてつくな!」
「でもほら、わたしってバレバレの嘘を堂々と言えるのが特技だって言ったじゃないですか? こういう時こそ、その特技がよく活きると思ったんですよ」
「活かそうとするな! そんなはた迷惑な特技! ……まぁ、それはそれとして、遅れた本当の理由はなんなんだよ」
「道に迷いました」
「GPSのある時代に迷うバカがいるか!」
「わたし、文明に甘えない主義なんで」
「お前のポリシーなど知るか! それでピザの配達が遅れているんじゃあ本末転倒だろうが!」
「……お客さん。
「うっさい! お前が真顔で説教を垂れたこと言える立場か!」
「……そう、そうでしたね。すいません、わたしのような者が偉そうなことを言って……。ところでお客さん、いい加減そろそろピザ代お支払いいただけませんか?」
「すげぇなお前! この流れで平然と代金請求してくるなんて、逆に感心するわ! それに
そう吐き捨てるように言うと、俺はすっかり熱を失ったピザの箱を奪うように受け取り、財布からきっかりニ千八百五十円をつまみ出し、そのふざけた配達員の胸元へ突き出した。
「確かに頂戴しました。またのご利用お待ちしております!」
配達員は深々と頭を下げると、軽やかに踵を返して俺の前から立ち去っていった。
「……結局アイツ、遅れたことへの謝罪は一言もなかったな」
そんな俺の呟きは、夜風の中へと溶けていった。
―――翌日―――
――ピーンポーン。
またしても、間延びした呼び鈴の音が俺の暮らす安アパートの部屋に響いた。
俺は「……はぁ」と深く息をつくと、リモコンでテレビの騒がしい画面を落とした。
手元のスマホを見ると、20時26分と時刻が表示されていた。
「……そうきたか」
そう小さく呟くと、俺は立ち上がり、財布を手に取って玄関へ向かった。
そしてドアを開けると――
「お待たせいたしました、デリピザイタリアンです! ご注文のピザをお届けにまいりました!」
昨日と同じ配達員が、満面の笑みでピザの箱を抱え、玄関先に立っていた。
「またお前かよ!」
「はい、山口博です! 長所は何事にも――」
「まず挑戦することだろ! 短所は挑戦しすぎて怒られることで、特技はバレバレの嘘を恥ずかしげもなく人前で言うこと! たくっ、悔しいけど覚えてたわ!」
「お客さん、違います。恥ずかしげではなく、堂々とです」
「いちいち気にすんな、そんな細かいこと! ……で、今回はどういった理由なんだ?」
「理由?」
「また遅れた理由だよ! 18時ぐらいに注文したのに、配達が20時半手前ってどういう
「……お客さん。理由を聞く覚悟、ありますか?」
「
「……わかりました。
「それを当の客の前で言うお前の性根よ」
「配達の途中、夜風が止まり、周りの音が一切聞こえなくなったんです。するとその直後、わたしはひときわ眩しい白光に呑まれてしまったんです!」
「白光に呑まれた? それはまた急展開だな」
「気がつくと、わたしは歪んだ文字列の並ぶ魔法陣が刻まれた宮殿の中に突っ立っていて、おまけに目の前には見知らぬ妙齢の女性がこちらを見ていたんです! そしてその女性に『あなたはこの世界を救うために、わたくしが召喚しました』って言われたんですよ!」
「ほぉ~。今度は異世界召喚系できたか」
「そこでわたしは心強い仲間たちと出会い、
「それは凄いな。偉業達成だ」
「仲間たちからは『このままここで英雄として一緒に暮らそう』と誘われたんですけど、自分にはピザを配達するという重要な責務があるからと断ったんです。そして、仲間たちと涙ながらに別れを告げて、いまこうして遅ればせながら配達に来たんです」
「
「いえ、お気遣いは無用です。これがわたしの宿命なのですから」
「でもみんな嘘なんだろ?」
「はい。言わずもがな、というやつです」
「だったら最初から言うな! 無駄に時間を使いやがって! くだらん言い訳はいらんから、実際に遅れた理由を言え! 道に迷ったという
「……わかりました。ここまできたら正直に言います。単純に配達が面倒になって、途中のファミレスでピザを頼んで、そのままサボってました」
「ピザの配達員が、ファミレスでピザを頼んでサボってた!? おいおい、ずいぶんとシャレの効いたサボり方してんじゃねぇかよ!」
「なんだがお褒めにあずかり、ありがとうございます」
「誰も褒めてなんかねぇよ! まったくふざけやがって! というかまず、俺に言うべきことがあるだろうが!」
「……そうですね。すいません、もっと早くに言うべきでした。お値段は二千四百八十円になります」
「なんであの流れから代金の話しになるんだよ! どう考えても謝罪の言葉を言うところだろうが!」
「え、謝罪の言葉? どうしてお客さんがわたしに謝罪の言葉を言うんですか?」
「お前が言うんだよ! あぁ、もういい! お前とはもう口も聞きたくない! ほら、二千四百八十円、ちょうどだ!」
俺はまたも完璧に冷えきったピザの箱を乱暴につかみ取ると、財布からぴったり二千四百八十円を取り出し、配達員に無造作に手渡した。
「確かに頂戴しました。またのご利用お待ちしております!」
配達員は腰を深く折って一礼すると、飄々とした足取りで俺の視界から消えていった。
「……アイツの頭の中には、他人に謝罪するっていう発想がそもそも存在していないのかもしれないな」
そんな俺の諦めに似た呟きに、夜風がまるで慰めるように頬を優しく撫でていった。
―――三日後―――
――ピーンポーン。
間延びした呼び鈴の音が、ふたたび俺の暮らす安アパートの部屋に響いた。
俺は「……」と無言のまま、リモコンでテレビの電源を切った。
手元のスマホを覗くと、画面には19時08分と時刻が表示されていた。
「…………」
俺は沈黙を保ったまま立ち上がり、財布を手に取って玄関へ向かった。
そしてドアを開けると――
「お待たせいたしました、デリピザイタリアンです! ご注文のピザをお届けにまいりました!」
そこには、二十代前半ぐらいの若い男性配達員が、爽やかな笑顔を浮かべてピザの箱を抱えて
「早いね。注文してからまだ三十分も経ってないのに」
「はい!
「……いや、というかさ……。早すぎんだろ! なに三十分も経たずに配達しに来てんだよ! 最低でも一時間は遅れて来いよ!」
「――え?」
「お前! 配達中にUFOに攫われたり、異世界に召喚されたりしなかったのか!」
「は、はい。そんな非現実的なトラブルなんて、起きてませんけど……」
「ふざけんなよ! そんな非現実的なトラブルに巻き込まれたっていう見え透いた嘘の一つや二つくらいついて遅れてくるのがプロの配達員だろ! お前にはピザ配達員としての
「そ、それは、プロ以前に人として問題があるように思えるんですけど……」
「駄目だ! お前じゃ話にならない。山口、山口を呼べ!」
「山口さんですか? す、すいません。山口さん、仕事内容に問題があったらしくて、先日解雇されちゃいまして……」
「解雇だと!? あんな
「……は、はぁ」
「あとピザ代は払うが、そのピザは持って帰ってくれ! 俺の胃袋はもう、熱々のピザなんて受け付けないんだよ。今の俺は、チーズがコンクリ並みにガッチガチに固まった冷えっ冷えのピザじゃないと喉を通らない体質になっちまってんだからな!」
「さ、さすがにご注文のピザを持ち帰るわけにはいかないので、お受け取りをお願いしたいんですけど……」
「
「あ、ありがとうございます! こちらがご注文のピザになります」
配達員はどこか安堵したように、そっとピザの箱をこちらに差し出してきた。
俺はそれを受け取ると、手に伝わる温度で、ある忘れてた真実を思い出す。
「あぁ、そうだった。ピザって元々はこんなに温かい食べ物だったんだよな。あれ、おかしいな? なんか妙に懐かしい気分になって涙が止まらないぞ」
「お、お会計、二千六百十円になります」
「おう。わかった」
俺はなぜか頬を伝う涙を指で拭いながら、財布から二千六百十円を出して配達員に渡した。
配達員は「あ、ありがとうございました!」と早口で告げると、まるで逃げるように小走りでその場を離れていった。
「ちゃんと店長に山口のこと伝えてくれよ!」
遠ざかっていくその後ろ姿に向かって、俺は念押しの声をかけるのであった。
―――翌日―――
――ピーンポーン。
間延びした呼び鈴の音が、また俺の暮らす安アパートの部屋に響いた。
俺は「……フッ」と短く笑うと、リモコンでテレビの音を黙らせた。
手元のスマホを見やると、画面には21時48分という無機質な数字が浮かんでいた。
「………来たか」
俺は胸の高鳴りを抑えながら立ち上がると、財布を手に取って玄関へ向かった。
そしてドアを開けると――
「お待たせいたしました、デリピザイタリアンです。ご注文のピザをお届けにまいりました」
そこには、ピザ箱を抱えた山口が静かに立っていた。
「……戻ってきたか、山口」
「はい。『ヤバい客がお前を指名してる』って言われて、呼び戻されました」
「そうか。そして戻ってくるなり、さっそく遅れて配達か。俺がピザ頼んだのはたしか17時過ぎ……。で、今が21時48分。計算してみれば四時間オーバーだ。やるな山口、お前の
「おだてないでください、お客さん。こんなのはまだ序の口なんですから」
「
「もちろんです。今日は地底人と出くわしてしまいまして――」
そんな
―――完―――
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