第15話 罰

 

 マイルスに帰還すると、リンさんは北門付近にいたギルド職員に、ミストを病院に連れて行かせた。マイルスを発つ前、この事を予測していて待機させていたらしい。

 一方、僕と下手人のジラは冒険者ギルドに連行された。ギルドに着くまでの間、ジラさんは苦々しい顔を見せながらも大人しくついて行った。逃げることは諦めていたようだ。


 ギルドに着くとリンさんは僕には食堂で待機するように命じて、ジラさんを職員用の扉の奥に連れて行った。僕は命じられたとおりに食堂に赴き、空いているカウンター席に腰を下ろした。女性の職員が注文を聞きに来たが何も食べる気にはなれず、「なにもいりません」と答えた。職員は困った表情を見せたが、別の職員が来て彼女に耳打ちすると、「失礼します」と言って離れて行った。

 何も飲み食いせずに待っていると「あの」と声を掛けられる。視線を向けると、心配そうな顔をしたフィネさんがいた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 彼女の声に覇気が無い。おそらく事情を聞いたのだろう。どう接したらいいのか悩んでいるようだ。

 気遣ってくれるのは嬉しかった。だけど彼女は昨日の僕の振る舞いを見ている。その気まずさから、僕は「うん」と素っ気ない言葉しか返せなかった。

 

「……ぶ、無事で良かったです! ツリックダンジョンから生きて出られるなんて、凄いじゃないですか!」


 無理して励まそうとしているのがばればれだった。無駄に張った声が癪に障った。

 

「助けに来て怪我をしたミストは凄くないって?」

 

 つい、底意地の悪い言葉を返していた。フィネさんは「あ……」と声を漏らし、気まずそうな表情を浮かべた。

 途端に、罪悪感に苛まれる。フィネさんは心配して声を掛けてくれたのに、なんで僕は酷い事を言っているんだ。悪いのは全部僕なのに。

 

「ごめん。まだ大丈夫じゃないかも」

「……気にしなくていいです。いろいろとあったみたいですし……。気づけなくてごめんなさい」

「フィネが謝ることじゃない。僕が悪いんだ。だから謝らないでよ」

「はい……」

 

 フィネさんの顔は暗く、声にも張りが無い。この空気だと仕方ないことだが、今の彼女を見ていると不安になる。その原因が僕にあることもあって、余計に罪の意識を感じさせた。

 僕がリンさんに呼ばれた後に、こんな顔をさせたフィネさんを残したくない。話題を変えて気分転換を図った。

 

「ツリックダンジョンでさ、強い人に助けられたんだよ。青髪で盾と剣とメイスを使う男性なんだけど……知ってる?」

「あ、はい。有名人です。マイルスどころか、大陸で一番強いと言われてる冒険者です」

 

 少しだけフィネさんの声が大きくなる。話題を変えて正解だ。このまま話を続けることにした。

 

「そうなんだ。なんて人?」

「ソラン・クーロンさんです。《獅子殺し》って異名がつけられている冒険者です。五年前にマイルスを救ったことで、《マイルスの英雄》とも呼ばれています」

「あの人が……」

 

 青年の正体を知って、今頃になって驚嘆した。ソラン・クーロンの顔は知らなくても、彼の名前と、英雄と呼ばれるようになった逸話は知っていた。

 

 五年前、何の前触れもなくマイルスに危機が訪れた。それは約300体のモンスターの集団が、マイルスに襲来したという事件だった。しかも集まったモンスターの内の半分以上が、ベテラン冒険者でも手を焼くほどのモンスターだった。

 この事態に軍部は、街の兵士だけは足りないと見て、マイルスの冒険者や傭兵を招集して事に当たった。総勢一千人。人数差と地形を活用すれば勝てると思われる戦だったらしい。

 

 だが、敵の予想以上の強さに、苦戦を強いられた。

 多くの兵士と傭兵は、対人戦には長けていてもモンスターとの戦闘には不慣れだった。戦力には違いないが、冒険者やモンスター戦に慣れた者と比べると戦力としては一段劣る。彼らを補佐するために、人間側の動きは鈍かったのが苦戦の原因の1つだった。

 もう1つの原因が敵側にあった。集団には必ずと言っていいほどに、リーダーの存在がある。リーダーの影響力が強ければ強いほど、その集団の結束力は強くなる。モンスターにもそれが当てはまる。

 

 モンスターを率いていたのは、特級モンスターのルベイガン。その中でも《紅獅子》と呼ばれるモンスターでだった。

 特級に区分される多くのモンスターは、常識外の力を有している。なかには一軍をもってしてやっと討伐できるか否かの強さをもつ個体がいるため、余程の事が無い限り、手を出すことが禁じられている対象である。

 ルベイガンは、最も人間に被害を与えているモンスターであり、最も有名な特級モンスターだ。故にルベイガンの生態の研究は進んでおり、他の特級モンスターに比べて、比較的討伐が容易なモンスターである。習性は熟知しており、敵対してもある程度の対応はできる。


 そのはずだった。

 

 モンスターの軍団を率いていたルベイガンは、人間並みに知能が高かった。己の身を隠すことで人間達を油断させ、その隙に人間側の弱点を突き、戦術を看破して返り討ちにした。そして人間達が本気になったところで正体を現し、人間側の士気に影響を与えた。その動きは、まるで歴戦の将のような働きぶりだったらしい。

 

 その結果、最初は優勢だと思われていた戦況は日に日に悪化した。五日経った頃には戦力が半減し、残りの戦力の多くが負傷するという事態となった。モンスター達の戦力もいくらか削っていたが、最初の優位性はほぼ無くなっていた。

 このままではマイルスが滅亡する。絶望的な状況に、誰もが悲観を抱かずにはいられなかった。

 

 そこに現れたのが、ソランだった。

 ソランは動ける者たちに囮を頼み、彼らがモンスターを引きつけている間に、単独でルベイガンを狙った。そして彼は、ルベイガンとそれを守るモンスターに囲まれながらも、紅獅子を討ち取った。

 

 リーダーを失ったモンスターの軍団は、一気に瓦解した。紅獅子の死亡を知ったモンスターは次々と逃げ始め、あっという間にマイルスの周辺から姿を消した。

 紅獅子を単独で討伐し、モンスターの一軍を退ける。このことが讃えられ、ソラン・クーロンは市民から《マイルスの英雄》と呼ばれるようになり、冒険者達からは《獅子殺し》の異名がつけられた。

 

 マイルスを救った英雄の話。これはマイルスだけでなく国中の人達が知っているほどで、僕が住んでいた小さな村にも広まっていた。

 最初はどこか御伽噺を聞いている様な感覚だったが、マイルスに来てからはそれが現実のものだと薄々と実感していた。中央広場にはソランさんの石像が建っており、彼の逸話を基にした本や演劇がある。しかもマイルスの冒険者ギルドに属していると聞いてからは、いつか彼に会えないかと心待ちにしていた。

 

 だけどもう、そんな高揚感は失せていた。

 英雄と最悪の初対面を迎えてしまった。その事実は僕を落胆させるのには充分だった。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

 フィネさんが心配げな声を出す。また不安にさせないよう、「いや、何にもない」と平静を装う。

 

「そっか。あの人が《マイルスの英雄》なんだ……。見たこと無かったから気づかなかったよ」

「私もです。今日初めてお目にかかりました。オーラっていうものがあって、なんか凄かったです」

 

 また声が大きくなる。少しずつ、普段の調子に戻っている。

 

「うん。凄く頼もしかった。そういえば一緒にリンさんもいたんだけど、あの人も強いんだね」

 

 ツリックダンジョンから出るまでの間、3回ほどモンスターに襲われた。だが三度ともリンさんが瞬時に切り伏せてくれたお蔭で、僕達は怪我を負わずに済んだ。僕はその姿を見て、彼女にソランさんと同等の信頼感を抱いていた。


「当然です。リンさんは上級冒険者で、冒険者ギルドの副局長でもあるんですから!」

 

 フィネさんの声が、普段と同じくらいの大きさに戻る。それを聞いて安心していたところだった。

 

「ヴィックさん」

 

 いつの間にか、リンさんは僕の近くに来ていた。驚いてしまい、椅子から落ちそうになった。

 

「あなたの番です。来てください」

 

 普段と同じ、淡々とした声でリンさんは言った。僕は椅子から立ち上がって、「ありがとね」とフィネさんに礼を言う。

 

「……きっと大丈夫ですから」

 

 フィネさんは不安げな顔を見せた。結局、最後には彼女の表情を曇らせてしまった。僕がこの事態に陥ったことで、笑顔でいてもらう選択肢は無かったのだろう。そう諦めると、少しだけ気が楽になった。

 

 リンさんと一緒に、職員用通路を奥に進む。突き当りの部屋の前に着くと、リンさんは扉を開けて中に入り、僕もそれに続く。

 案内された部屋は質素な場所だった。部屋の真ん中に机があり、向かい合うようにして椅子が一脚ずつ配置されている。部屋の隅には多くの机と椅子が寄せられ、壁には黒板がある。普段は教室として使っているのだろう。

 

 リンさんが奥の椅子に座って、「座りなさい」と僕に促す。その声は少し冷たかった。いたたまれない思いを抱きつつ、僕も椅子に座った。

 

「聞きたいことがいくつかあります。正直に答えてください」

「はい」

 

 リンさんは表情を変えずに尋問を始めた。

 

「フェイルさんとはいつ、どこで会いましたか?」

「昨日の夜、街を歩いていたら偶然出会いました」

「フェイルさんがどんな人物かは知っていましたか?」

「いえ。けどフェイルは、僕の事を知っているようでした」

「今回の話を持ち掛けられたのはそのときですか?」

「はい。そのときは落ち込んでて……励ましてくれるフェイルを信じてしまいました」

「そうですか……。上級ダンジョンに入ることを知ったのはいつですか?」

「グラプが居た場所に着いてから怪しく思ってて……ジラに言われて気づきました」

「下級冒険者が上級ダンジョンに入ることを禁じています。そのことを知っていましたか?」

「……はい」

「分かりました。質問は以上です。お帰り下さい」

「……え?」

 

 咄嗟の事に、間の抜けた声を出していあ。予想よりも取り調べが終わる時間が早い。というより、あれだけの質問だけで終わったことに驚いた。

 リンさんは、僕になんの罪状も告げずに席から立ち上がり、部屋の扉を開ける。僕に対して何の処罰も与えない事態に対しては、さすがに問い質さざるを得ない。

 

「あの……僕を罰しないのですか?」

 

 僕の疑問に、リンさんは首を傾げる。まるで不思議な生き物を見るような眼で。

 

「あなたを罰する必要がありません。だから何もしません」

 

 想定外の言葉に唖然とした。

 僕はルールを破った。そのうえ助けに来てくれたミストを危険な目に遭わせた。

 だから罰を受けるべきだと思っていて、僕自身もそれを望んでいた。なのに――


「……どういうことですか?」

「そのままの意味です。確かにあなたの行為は、褒められたものではありません。しかし、それは騙されていたことが原因です。そのうえご自身が酷い目にあったようなので、罰を与えなくても同じことはしないだろうと判断しました。だから罰しません」

 

 島で罪を被せられたとき、躾だと称して罰を与えられ続けた。それはとても嫌で苦痛だった。

 僕がしたわけではないのに僕のせいにされ、謂れもない罪を被せられる。だから罰を受けることは嫌いだった。

 

 けれど今回は別だ。

 騙されたとはいえ、助けに来てくれたミストを危険な目に遭わせた。そのせいで彼女は大怪我をし、病院に運ばれる事態となった。その原因は僕だ。だから許してもらうためにも、償うためにも、罰を受けるべきなのだ。


 だが、その罰を受けられない。

 罰されないことに納得できず、僕はさらに問い質す。

 

「取り調べは……取り調べは、何でこんな簡単に終わったんですか?」

「あなたに聞いても、大した収穫が無いからです。フェイルさんの事を、あなたは何にも知りませんよね?」

「そうですけど――」

「だから聞いたのは事前に得た情報との確認をとるためだけです。フェイルさんについては、一緒に捕まえたあの青年から聞き出します」

「あの人は、どうなるんですか?」

 

 リンさんの目つきが鋭くなる。

 

「……あなたは彼の仲間なのですか?」

「違います!」

 

 仲間と疑われたので僕は強く否定した。

 リンさんは少しの間だけ僕を見つめていたが、息を吐くと目つきが元に戻る。

 

「彼は分かっていたうえで違法行為を行い、さらにゴクラク草を販売しようとしていました。相応の罰が与えられるでしょう」

「ゴクラク草って、何か問題があるんですか?」

「……本当に何も知らないんですね」

 

 呆れた顔で言われた。

 

「一言でいえば麻薬です。少量でも体内に取り込めば天国にいるような幸福感を得られますが、高い中毒性があるうえ、服用し過ぎれば死に至ります。ただ特殊な製法で粉末にして飲用すればさらに強い快感が得られることで需要が絶えず、ゴクラク草を欲して多くの人がツリックダンジョンに入って死んでいきました。街で手に入れた人も、ゴクラク草を買うために無理な借金をし、ゴクラク草の副作用で死ぬ前に、借金を返済できずに消えていく人が後を絶ちませんでした。今でこそ取り締まりを強化し、取引をした者には重い罰を与えることで、ゴクラク草を含めた麻薬を取り扱う者は減りました。しかしこの様子だと、元締めは未だに商売を辞めるつもりは無いようですね」

 

 リンさんが歯ぎしりをする。ゴクラク草に纏わることで嫌な事でもあったのだろうか。

 

 しかし、自分の無知さがとことん嫌になる。知らなかったとはいえ、それほど危険な代物を採取しようとしていたとは。もし何事も無く仕事を終えていたら、ゴクラク草が街に出回ってしまい、被害者が出ていただろう。想像しただけでも身震いした。

 それほど重大な罪を犯しそうになったのだ。なおさら自分は罰を受けなければならない。

 

「それなら僕はやっぱり罰を受けないと。僕みたいな人間がまた――」

「くどい」

 

 リンさんが僕の言葉を遮った。無表情でも、イラついていることが感じ取れる。

 

「あなたを調べても時間の無駄です。無駄なことに労力を費やす気にはなりません。それとも自分が感じた罪の意識を、罰を受けることで和らげたいのですか?」

「それは……」

 

 図星を突かれ、碌に反論ができなかった。ただただ、リンさんの言葉を受け止める。

 

「わたくしの仕事は慈善事業ではありません。あなたの自己満足のために労力を使うのは御免です。罰を受けたいのなら、危険な目に遭わせてしまった彼女の元に行って、恨み言の1つや2つ聞いてあげればいかがですか」

 

 冷たい対応だった。だが威圧めいた言葉に怖気づき、何の言葉も口から出なかった。

 

「早く出て行ってください。まだ私には仕事がありますので」

 

 これ以上ここ居ても、僕がするべき事も、されるべき事も無い。

 僕は肩を落として部屋から出て行った。

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