第16話 罪悪感

 

 取調室から出た後、ギルドの中は冒険者でごった返していた。ちょうど時間は夕方時。冒険者が一日で最も多くギルドに訪れる時間帯だ。

 フィネさんは忙しそうに働いている。冒険者の対応に必死で、僕に構う暇は無いだろう。僕は彼女に声を掛けずにギルドから出た。


 僕の足は病院に向かって進んでいた。目的は、ミストの見舞いに行くためだった。

 リンさんから行くように促される前から、元々見舞いに行くつもりではあった。僕のせいでミストが怪我をしてしまったのだ。行かない理由が無い。

 

 運ばれた場所は《マイルス北部総合病院》。ギルドに近いことから、多くの冒険者がこの病院を利用している。

 歩いて10分くらいで病院に着いた。入口の扉を開けると広い待合室が目に入る。背もたれの無い長椅子がいくつも並んでおり、多くの冒険者らしき人達が座って待っていた。

 奥には受付があり、受付係の人達が患者や見舞いに来た人の対応をしている。僕も受付に向かい、ミストのいる病室を訊ねた。

 

「すみません。ミスト・ナーリアさんはどこの病室にいますか?」

「……お知り合いでしょうか?」

 

 素性を疑われていることを察した。恋人でも親戚でもないので、仲間だと名乗った。

 

「ナーリア様は二階の202号室です」

 

 階段を上り、部屋を探す。部屋は階段の近くにあったので難なく見つけられた。

 部屋の扉を開けると、ミストはベッドに横たわっていた。近づいてみると、目を瞑って寝息をたてている。

 

「よかった、無事で」

 

 安らかな寝顔を見て、胸を撫で下ろす。安心してしまい、ついミストの頬を指先で触る。だけど起きることは無く、ずっと同じ表情のまま寝ていた。

 彼女の平和そうで呑気な顔は、どこにでも居そうな少女そのもの。僕より優れた冒険者には到底見えない。だけどミストは今まで何度もモンスターと戦い、生き残ってきた冒険者だ。他の誰よりも抜きんでた才能を持っていることは明らかである。

 

 そんな彼女と一緒に冒険し、仲間として戦ったことは、本来光栄なことなのだろう。未来の英雄の傍に居られるなんて、昔の僕では考えなかったことだ。

 しかし天才の隣は、案外窮屈だった。

 

「やっぱり、悔しいんだよね」

 

 つい、心情を吐露してしまう。その直後、

 

「そうなんだー」

 

 ミストが目を覚ました。

 

「うわぁ?!」


 驚いてしまい、大声を出しながら後ろに倒れそうになった。

 

「あはは、驚きすぎだよー」

 

 愉快そうに笑いながら、ミストは身体を起こした。

 あんな目に遭っておきながら、もう元気になっている精神力が羨ましい。というか、いつから起きてたんだ。

 問い詰めようかと思ったが、彼女の右腕と左足に巻かれたギブスを見た瞬間、別の言葉が口から出てきた。

 

「怪我、大丈夫?」

 

 恐る恐る聞くと、「これ?」と言ってミストは包帯に巻かれたところを見る。

 

「うん。リハビリ含めて全治二ヵ月だって。綺麗に折れてたから、ちゃんとくっつくって。いやー、よかったよかった」

 

 怪我をしたというのに、明るく笑うミストが不思議だった。2ヶ月も冒険者として活動が出来なくなるというのに、何故明るく振る舞えるのだろう。これも生まれ持った素質の違いなのか。

 

 嫉妬しそうになる感情を、手を強く握って抑え込む。今回はミストの見舞いに来たのだ。こんな感情を持ってはいけない。

 ただ、長居し過ぎると耐えきれるか分からない。ミストには悪いが、早めに用件を済ませよう。

 

 僕はミストに向かって、謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさい。悪く言ったことと、ミストを巻き込んじゃったのは僕のせいです。本当にごめんなさい」

 

 やっと謝れた。昨日の事だけではなく、巻き込んでしまったことも含めて謝りたかっただけに、やっと胸のつかえがおりる。

 

 そうなるはずだった。

 

 だが謝ったにもかかわらず、気分は晴れなかった。

 身体の奥底に、掃除しても落ちないしつこい汚れが残っている。それがもやもやとした嫌な感覚を生み出し、気分を悪くさせる。

 ちゃんと謝ったのに、やることはやったと思っていたのに、未だに身体に残り続ける違和感が気持ち悪い。

 

 心が落ち着かないまま頭を下げ続けていると、「顔を上げて」とミストに言われる。

 顔を上げると、ミストは困ったような表情を見せていた。

 

「今日の事は謝らなくてもいいよ。私が勝手にやっちゃったことだしね」

「けど僕が行かなかったら、ミストは上級ダンジョンに来なかった。しかも命を救われたんだ。謝っても謝り切れないよ」

「んー、けど私は元々そんなつもりじゃなかったのよ。ちょっと気になったから見に行こー、って気分だったからさ。そしたら、なんかヤバそうだなーって思ったから手を出しちゃっただけなんだよ? 軽い気持ちで行っちゃったから、そこまで謝られると身体がむず痒いというか、なんというか」

「いや、軽い気持ちでグラプを相手に出来る訳無いじゃないか。仮にそうだとしても、僕が助かったことに変わりはない」

「あー、分かった分かった」

 

 ミストが会話を止めるよう、左手の掌を突き出す。終着点の無い会話に嫌気が差したのか、深く溜め息を吐いた。

 

「じゃあこの件については、ヴィックが謝って私がそれを許した。それで終わりってことで良いよね?」

「えっと、あ、うん」

 

 一言でまとめられたが、どこか腑に落ちない。しかしこのままだと話が進まなかったことは事実だ。だからこれで良いと自分を無理矢理納得させる。

 だが相変わらず、嫌な感覚が胸に残っていた。

 

「じゃあ、本題に入ろっか。覚えているよね?」

 

 ミストが明るい声を出して話題を変えた。

 

「あー……もちろん」

 

 「忘れてた?」と追及され、首を横に振る。話し合おう、という件についてだ。

 入院したばかりなので後日の方が良いと思ったが、本人は問題無いようだ。

 

「といっても、何話そうかなー。何か議題ある?」

「ううん、全然」

 

 話し合いは、どうやら思いつきだったようだ。

 ミストは「んー」と唸り声を上げながら悩んでいる。

 

「無かったら後日でも良いんだけど」

「いや、こういうのは早いのが良いの……よし決めた。そこに座って」

 

 何か思いついたようだった。満足そうに頷き、ベッドの傍らにあった椅子に座るように促される。

 椅子に座ると、ミストが議題を口にした。

 

「冒険者になった理由。これを語り合おうっか」

 

 変哲もない普通な議題だった。断る気は無かったので、「良いよ」と答える。

 

「じゃあ、私から話すね」

 

 乗り気なミストに先を譲り、聞き役に回ることにした。

 

 果たして彼女が冒険者になったきっかけは何なのだろう。誰かに憧れたのか、冒険に夢を見たのか、一獲千金を狙うのか、いろんな想像が頭に浮かんだ。

 太陽のような明るく皆の希望になる様な少女だ。きっと理由も希望に満ちたものに違いない。

 

 だけどこのときは、まだ思っていなかった。

 

「私が五歳の時、親が死んじゃったんだ」

 

 この時間で、僕の人生が決まるなんて。


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