第2話 大切な人×運命の再会

 そう願っていた時、突如俺の後ろからリンドヴルムに向かって1つの人影が『空を舞った』。

 拳を振り上げ、猛烈な速さで空を走っていくようにリンドヴルムに向かっていくその人影に俺は目を奪われた。

 雲一つない晴天の空と同じ群青の鎧。肩には所属を示す、フクロウの印が刻まれている。その頼もしくカッコいい背には人長け程のハルバード。そしてマナによるものだろうか、体全体が優しいオレンジ色の光を放っている。あんなマナの動きは見たことがない。強化魔法ではないようだ。

 だが、目を引いたのはそこじゃない。

 

 短く整えられた綺麗で艶やかな金色の髪が、風に揺らめきながら陽の光で煌めく。ゴーグルをかけていて目は隠れていたが、それ以外の部分が一瞬だけ見えた。それだけで十分。その瞬間に時が止まったのだから。

 優美で全てを照らしてくれるような輝きを、見間違えるわけがない─

 

 心臓が跳ね上がり、瞬間的にエネルギーが溢れてきた。

 次の瞬間、振り上げられた拳がリンドヴルムの顔面を捉えた。

 ダンッ!─という音と共に、少し離れている俺の内臓にまで響くような衝撃が広がった。リンドヴルムの巨体がわずかに浮くほどの威力。いくらマナで強化してもあれほどの威力は到底人の出せるものではない。いったいどういう理屈なのかはわからないが凄い!

 だけど感心しているばかりでいるわけにはいかない。その瞬間に風を纏い、動き出した。

 素早く矢をセットし、傷口に向けて射る。放った瞬間に当たるかどうかの確認をすることなく次の矢の準備へ。

 矢は吸い込まれるように命中。当然だ。俺が外すわけがない。

 当たると同時に、ライナーが放ったであろう凄まじい勢いの水がリンドヴルムに直撃。流石だ、抜かりがない。

 一気に均衡が崩れて畳みかけたおかげで良いダメージが入り、巨体が大きくバランスを崩した。チャンス到来!一気に肩を付けよう。

 立て直そうとした刹那、リンドヴルムの顔付近に狙いを定め、準備していた矢を射った。

 リンドヴルムの顔に当たる直前、微かな破裂音と共に周囲一面が見えなくなるほどの強烈な閃光が支配した。立て直しかけていたバランスはさらに大きく崩れ、驚きの咆哮が上がると共に地面へとひっくり返った。

 その隙を逃すことなく、全員で距離を取る。“彼女”も並走してついてきてくれた。

 巨体が地面でじたばたと転がりまくること約1分。視界が戻ってきた事でリンドヴルムは落ち着きを取り戻し始めたようで、首を振りながらその巨体をゆっくりと起き上がらせた。もう先ほどまでの殺気立った様子はない。周囲を確認し、ぼちぼち距離が離れている馬車と俺達を視界に入れても追ってくる様子はなく、踵を返すように自分の縄張りの方角へと帰っていく。

 その様子を見てようやく、緊張感から解放された。

(助かったぁ…危なかった!)


 ホッと一息つくと俺たちに1つの馬車が近づいてきた。オレンジ色のラインが入った漆黒のキャビンに、黄金のフクロウが描かれている旗が飾られ、風に靡ている。馬車の窓は外からは見れないようになっているようで中に乗っている人は確認できない。周りには馬車を護衛するように馬に乗った騎兵が10人。そしてある程度近づいた時に中から3人の近衛兵が出てきて、俺達と馬車の間に入る。全員から微かなプレッシャーが放たれていて少し怖い。

 全員が、助けてくれた“彼女”と同じ、フクロウの印が刻まれている群青の鎧を纏う。

「あの金色のフクロウは…上流貴族、『ヴァルフリート家』の家紋。スカイ国でも指折りの権力を持つ一族だ。なぜここに?まぁでも…目的地は同じか」

 貴族か…なるほどね。だからここまでの護衛がついているわけだ。ならこの様子だと、俺たちの無事かどうかではなく、人となりを確認しに来たのであろう。貴族の世界は知らないが流石抜かりはないようだ。

 でもライナーは凄いなぁ。スカイ国の貴族の戦力図も把握しているなんて。俺なんて“ヴァルフリート家”と名前も初めて聞いたくらいだし。俺が無関心すぎるのでは?

「では」

 “彼女”は仕事が終わったと感じたようで俺達を一瞥すると軽く会釈をして馬車の方へと歩みを進める。ここでそのまま見送ってしまえば、また会えるかもしれないけどきっと後悔する。


「待って!」


 俺の声が発せられた瞬間、その場の緊張感が少し高まったのを感じた。全員の注目が俺に集中する。武器を持つ手に力が入っているし、少しだけ姿勢が低くなりいつでも戦闘に入れるように準備ができた。

 こうなるのは当然と言える。礼もいらないとその場は解散しようと思っていたのに、見ず知らずの人間が急に止めてきたのだから。細心の注意を払っていれば当然警戒される。ライナーも俺の行動の意味がわからないようで少し首をかしげているけど、止めないでいてくれた。

 声を駆けられた“彼女”も振り向いてくれて、俺を見た。ゴーグルで顔の半分は見えないが、雰囲気からして不審がっているのは間違いない。眉間にしわを寄せているかもしれない。

 でもそんな中で俺だけは、会えた事には複雑だけど嬉しくて笑顔になっていた。

「助けてくれてありがとう!」

「…」

 そう声をかけても反応はない。むしろ少し警戒が強まった。ゴーグルとマスクをつけているから顔は見えていないだろうし、声も変声期前のものしか聞いていなかったから当然だ。でもどういう反応をするのか…今から怖くてしかたがない。リンドヴルムや周りの視線とは比べ物にならないくらいに怖い。

 逸る気持ちを抑えてマスクとゴーグルを外し、“彼女”を見た。

「…っ!!」

「エドガーだよ!─『ミラちゃん』…だよね?エヘヘ、会えて嬉しいよ!」

「…ぁっ…っ!」

 その瞬間、彼女は息を飲んだ。固く結ばれていた口を少し開いて、驚きの色が広がる。

 間違っていなかった。そして覚えていてくれた。彼女こそ、一夜だけ共に過ごし幼き日の俺を救ってくれた恩人であるミラちゃんこと【ミラ・コート・フライハイト】である。

 目の奥がじーんとし、視界がぼやけた。気づいたら一粒の涙が頬を落ちていった。会える事にほんの少しだけ後ろ向きな気持ちだったけど、会えたことが本当に嬉しくてたまらなかった。

 周囲は困惑して、一瞬のざわめきの後に先ほどとは違う緊張感が包み込む。

 そんな中でミラちゃんはジッと俺を見て固まってしまった。この沈黙が怖い!!

「ミラ、お喋りしても大丈夫よ。許可するわ」

 馬車の中から少女の声が聞こえた。その声色は優しくどこか嬉しそう。その声にミラちゃんだけでもはなく俺を含めた全員が馬車を見つめた。

「い…いいの、ですか!?」

 相変わらず透き通るような綺麗で可愛い声!

「当然。任務中だからと我慢するのはあなたの悪い癖よ?その前に私も挨拶させてもらおうかしら」

 そう言うと近衛兵の1人がサッと馬車の扉を開けた。

 

 馬車から出てきたのは、全ての光りを吸い込んでしまうほどの漆黒のドレスに身を包んだ黒髪の少女と、エメラルドのような鮮やかな緑色のドレスに身を包んだ赤髪の少女。どちらも俺と同い年くらいに見える。


 黒髪の少女は凛とした雰囲気で、年の割に様々な物を乗り越えてきたような風格が漂っていて、自然と背筋が伸びる思いだ。俺とライナー、そしてこちらの馬車の御者さんを一通り見た後にジッと俺を見つめている。その目は、全てを見定めるように揺らぐことなく一瞬たりとも離さない。見えないプレッシャーが全身を包み込む。少し怖いし、めっちゃ緊張する。


 一方の赤髪の少女は、俺達を一瞥すると近衛兵から槍を受け取り黒髪の少女の後ろに立った。感情の起伏はほとんどなく無表情に近いが、特に警戒しているとか負の感情はなさそう。それが逆に怖い。

 でもどちらも凄くいい人っぽい。根拠はないけどなんとなくそう思う。

 数秒の静寂の後、黒髪の少女が口を開いた。


「スターリースカイ君とそのご友人君と御者さん…はじめまして。私はアイリス・ヴァルフリート。僭越ながらヴァルフリート家の当主を務めています。以後お見知りおきを。スターリースカイ君の事はミラからよく聞いています。お会いできるのを楽しみしていました」


 まさかの当主。凄い!俺達と同い年くらいだろうにそんな重役を。確かにそれならこれほどの風格も納得。きっと俺が経験することの無い苦労や重圧があった事だろう。心から尊敬する。

 というかミラちゃんが俺の事を話してくれていた!嬉しすぎる。泣きそう。すでに泣いてる。

 それに続くように赤髪の少女も口を開く。


「ターニャ・メテウスだ。メテウス家の当主でアイリスお嬢様の付き人だ。ヴァルフリート家の分家の人間だと思ってもらえればいい。よろしく」


 こちらも年齢のわりにどこか近寄りがたいオーラを纏っている。きっと貴族ならではの修羅場を潜ってきたのだろう。遠くの知らない世界だからこそ、想像すらできないが。


「初めまして!エドガー・アクセル・スターリースカイです!こちらこそよろしくお願いします!」

「ライナー・ベルクマンです。8歳から10年間、こいつと一緒にグランバレー孤児院でお世話になっていました。ありがとうございました」

「あら?それは奇遇ね」

「ふぇ?」

 なぜ急にグランバレー孤児院の事を話題に出したのかも、それが奇遇になるのかも全くわからない。軽く首をかしげると。

「グランバレー孤児院の経営者はヴァルフリート家だ。要するに、行く場所がない俺たちに居場所をくれたのがこの人達だったって事だ」

「そうだったんだ!ありがとうございました!」

「いえいえ。礼には及ばないわ。貴族として当然の事をしているまでだし、始めたのは両親で私は引き継いだまで。じゃあ挨拶も済んだことだし、ベルクマン君は孤児院での事で少し私達とお話ししましょうか。どうぞ馬車の中へ。ミラ、ゆっくり楽しんで」

 そう言うとそそくさとその場から離れていった。その背に向かって軽く頭を上げるミラちゃん。相変わらず礼儀正しく、姿勢が綺麗な礼だ。近衛兵と騎兵も離れ、ライナーも行く直前に軽く肩を叩いてくるし。アッという間にその場には俺とミラちゃんの二人っきりになった。

(妙に緊張してきた!!何から話せばいいの!?)

 再開の時の事を心待ちにはしていたものの、どんな話をするのかは何も考えていなかった。どうしよう。いやどうしようもない。でもその瞬間は唐突に訪れた。

 ヴァルフリートさんが馬車に入った瞬間、ミラちゃんはゴーグルを外した。


 蒼穹のような綺麗なスカイブルーの瞳と交錯。その目はあの時と同じで嬉しそうに輝いていて、全てを包んでくれるような慈愛に満ちていた。あの日と何も変わることなく、見ていれば吸い込まれてしまうのではないかと思うほどに透き通っていて、あの日のかけがえのない時間が一気に流れ込んできてまた泣きそうになってしまった。

 いや普通に耐え切れずどんどん涙がこぼれた。

「お久しぶりです─エドガー君」

 その言葉を聞いた瞬間、心の中がじわじわと熱くなり氷のように固まっていた寂しさが溶けた。

 止まっていた時間が再び動き出す。

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