第5話 アルクの後悔
邸にもどってすぐに家令にプリムラ公爵夫人の言っていたことを告げた。
間違いであってほしい、せめて誤解であってほしい・・・嘘であってほしい・・・
だが、「やはり、プリムラ公爵夫人はご存知でしたか」
家令が発した言葉を聞いて、プリムラ公爵夫人が語った内容が真実であることを事実として受け入れるしかなかった。
「どうしてだ?」
「なぜ、ネリネが・・・・」
「旦那様、私たち使用人は邸の様々な場所を整えます。その中に旦那様がたの寝室も含まれます。ですから・・・・分かってしまうのです。そして、邸には様々な人間が出入りします。また、使用人も町に出ますから、見てはいけない物を目にしてしまうこともある。噂話を拾ってきてしまうこともあるのです」
俺が幼い頃より邸にいる家令が小さな子供を諭すように俺に説明する。
ネリネが使用人たちの間で憐れみ込めた名で噂されていたのは間違いのない事実だった。母が俺のいない時間帯に訪れ、ネリネに『子供はまだか』と催促していたのも事実であり、母が使用人にネリネ愚痴を聞かせることによって使用人はネリネに近づかず遠巻きにするようになっていたのだと・・・・・。また、母はネリネ宛に妊娠を催促する手紙や『妊娠するための心得』といった本なども持参していたのだとか・・・・。
そんな本は見たことがない・・・・そんな思いが顔にでていたのか、
「奥様は、旦那様に負担になるものや不快に思われるものは、隠していらっしゃいました」いつもの落ち着いた口調で諭すように言われるが、家令の瞳が冷ややかに見えるのは気のせいではないだろう。
「誰も俺には告げなかったが!」
「奥様に旦那様への報告を止められておりましたので」
「なぜだ?」
「私も不思議に思い奥様に尋ねましたところ、『旦那様は王都騎士団の職務が忙しいうえに、隊長の任を仰せつかりさらに忙しいのだから気持ちを患わせたくないと・・・・それに子供は授かりものだから・・・』とおっしゃって・・・・」
家令はたんたんとネリネが話した理由を告げる。
穏やかな声で話をする家令の俺に向ける視線は間違いなく冷たい。
「旦那様、これからどのようになさるおつもりです。このままというわけにはいきますまい」
「そんなことはわかっている!騎士団にネリネの捜索を俺が明日依頼する」
家令の冷え冷えとした視線から逃れるように俺はネリネの部屋へ向かった。
「ネリネ・・・・帰ってきてくれ・・・・っ」
彼女の部屋に入り、微かに残るネリネの香りに癒される。
「勝手だな、俺は。ネリネが傷ついていることも、子供が出来ないことを悩んでいることも俺は知っていた。・・・不甲斐ない自分に背を向けていただけだ。・・・・ごめん。ネリネ、どこにいるんだ・・・・頼むから教えてくれ。どんな場所でも、必ず迎えに行くから。もう一度だけ俺にチャンスをくれ・・・・」
ネリネなら・・・・俺を愛しているネリネなら、どんなことをしても最後は許してくれると思っていた。最悪、バレなければいいとさえ・・・・。
ジェイクの言葉が脳裏をかすめる。
『人を好きだと思う気持ちは・・・・愛情は増え続けることも・・・一瞬で消えてしまうこともある。愛情は永遠でも無限でもない。お前は間違ったんだよ。愛してくれる妻が自分の隣にいるのは、当たり前のことじゃない』
「ネリネ・・・・ごめん・・・本当にごめん・・・」
ネリネ不在の部屋で、彼女との思い出に浸る・・・・小さな頃に出会った女の子・・・少しずつ大きくなって・・・幼女からおしゃまな少女へ・・・そして眩しいほどの女性へ・・・いつも俺を見つめていた優しい瞳、俺の側にいてくれた。俺を誰よりも大切にしてくれた・・・俺をまっすぐに慈しむように温かな眼差しで見つめるラベンダー色の瞳が・・・・柔らかに微笑む彼女も弾けるように笑う彼女も大切にしたい、一生護り共にありたいと願いプロポーズした。彼女を愛していた。なのに、なぜ・・・俺は、彼女を大切にしなかったのか・・・・。今の俺は、過去のネリネとの思い出に耽りながら後悔することしか出来なかった。
―――――失った愛は・・・・どうなるのか・・・・失った愛に再び巡り会うことは・・・・
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