3 2つの「タキオン」?
ビルに入るなり、わたしとケイは室内の暖かさにつつまれて、おもわず、ほっと息をつく。
ここは、ラドロが根城にしているビル。
ここにくるのも、これで何度目かな?
すっかり建物の構造もわかっているから、スタスタとエントランスを通って、まっすぐ専用エレベータにむかう。
わたしたちのことが「特別なお客様」だってわかっているらしく、ビルには不似合いな年齢のわたしたちを見かけても、受付の女性も警備員も声をかけてこない。
ケイが、エレベータの中にあるタッチパネルにキーカードをかざすとエレベータは動きだした。
ケイには専用エレベータ用のキーカードまでわたされていた。
すっかり信用されちゃってるよね。
あ、ちなみにわたしはもらってないよ。
だって、なくしたら大変だし。2枚ももらう必要ないからね。
エレベータが30階で止まると、執事みたいな人が、応接室へと通してくれる。
中には、いつものようにソファに座るラドロのボス・アルフォンスさん。
そして、カウンター席には、
そして、窓ぎわに、
「2人とも、よくきてくれたな」
アルフォンスさんが、歓迎してくれる。
今日、わたしとケイは、アルフォンスさんから、よばれてやってきたんだ。
なにげなく窓ぎわに目をむけると、目が合った恭也が、片目をつぶってくる。
それをわたしは見なかったふりをして、有栖ちゃんに目をむける。
有栖ちゃんはわたしを見て肩をすくめると、カウンターにおかれた大きなパフェを食べるのを再開した。
あっ、おいしそう。
いやいや、べつにわたし、パフェをごちそうしてもらうためにここにきたわけじゃないしね!
(有栖ちゃんがどうかは、しらないけど)
わたしとケイは、ならんで、アルフォンスさんのむかいのソファに腰かける。
「無駄口をきいているひまはないから、用件に入ろうか。――その後のタキオンの動向について報告をするために、集まってもらった」
いつもけわしい顔をしているアルフォンスさんが、タブレット端末を手に話を進める。
「きみたちも知っているように、ニック・アークライトの裏切りにより、タキオンの勢力は2つに割れた。われわれの情報部が、その後の動向を注視していたが、おおよその結果が出た」
わたしたちが、何度も企みをはばんできた、世界的な犯罪組織・タキオン。
その巨大な組織の結束が、一気にくずれたんだ。
そのことが、わたしたち――反タキオン勢力にとって、どういう結果になるのか。
その分析を、みんなが待っていたんだ。
アルフォンスさんが、改めて口をひらく。
「――ニックが
そして、残りはノアについたようだ」
「…………7割……」
つぶやきながら、ケイがあごに手をおいて考えこむ。
それって、思っていたよりも、ずっと大きい……んじゃないかな。
だって、あのニックに、タキオンの
「ニック・アークライトのクーデターは、大成功――だね」
恭也も、顔をしかめながら言う。
フラワーヴィレッジ城の屋上で、恭也に銃をむけたのは、そのニックだったんだよね。
撃たれて、
恭也は、その間どうしていたのか話さないけど……多分、かなりあぶないことになっていたんじゃないかなと思う。
そのために、多分、ラドロに身をあずけたんだから。
まあ、それはともかく。
「タキオンが2派に分かれた、と言ってもわかりにくいから、仮の名をつけよう。――ニック派を『ブラック・タキオン』、ノア派を『シルバー・タキオン』と呼ぶことにするのはどうだろう」
アルフォンスさんが、提案する。
たしかに、ややこしいもんね。
……なんだかちょっと、かっこよくきこえる名前なのが、しゃくにさわるけど。
「あんパン派」と「メロンパン派」とか、「マグロ派」と「コハダ派」とかにすればいいのに……とか、提案できる雰囲気じゃないか。
なんて、わたしが考えていると。
「――ところで、ニックという人が7割も掌握したというのが、解せないわ。
ニックという人に、それほどの人望があるとは、わたくしには思えないのだけど?」
と、口をひらいたのは、有栖ちゃん。
パフェを食べる手を止めて、小首をかしげている。
「タキオンは、巨大組織だ。幹部に会ったことのないという構成員も数多くいる。個人的な魅力は、問題にならない」
「だろうね。ニックに好んでついていくやつがいるとすれば、それは、あいつの『悪としての才覚』にほれこんだ人間だけさ。多くは単純に『得をしそうなほうについた』とか、『強そうなほうについた』ってだけだろう。
そもそも、あのニックがなんの根回しもなしに、クーデターなんておこすわけがないさ。
あの列車の中で――いや、列車が走りだす前には、もうすでに状況はだいたい決まっていたのかもしれないな」
ケイと恭也は、同じ考えみたいだ。
「ほかの幹部も? みんなニックについたの?」
わたしは質問する。
「少なくとも、ファルコンと
「あのファルコン1人いれば、1つの大軍勢に値する。しかも伊織もいる。『戦力』には十分だよ――ニックもそう考えているだろうさ」
アルフォンスさんの疑問に、恭也が肩をすくめてこたえる。
「戦力ってことなら、そのとおりかもね。ファルコンが1人いるだけで、状況がぜんぜん変わっちゃうから……」
わたしは、何度も、何度も、ファルコンと戦ってきた。
その経験から、本当に、そう思う。
「でも、ゼスやエメラがぬけたのは、痛手なのではなくて? その2人には、特化した分野があるのでしょう?」
有栖ちゃんが、さらに疑問をはさむ。
「そうだな。ゼスはハッキング技術に長けていて、エメラは、潜入作戦では右に出るものがいない最高峰の戦士だ。
そういった面での戦力ダウンは、まちがいないだろう」
アルフォンスが答える。
「でも、ゼスは警察につかまっているってだけだ。タキオンにしてみれば、ホテル代わりに警察に預けている、くらいのつもりかもしれないぞ。警察内部に、まだ正体の知れないタキオンの構成員がいることはまちがいないんだしね、いつでも奪還作戦はたてられるはずだ」
そんな恭也の言葉に、
「でも、いまだ動いていない」
と、ケイが首をふってこたえる。
「それってどういうこと? ニックが組織の掌握に集中していて、ゼスを取りもどすことにまで手が回らないっていうことは、ないのかしら?」
「可能性はある。が、だとしたら、なぜそんな状態の中、ゼスが1人で動いたのか――という疑問が残るんだ」
ケイが難しい顔になって、言う。
「そうだね。響を封じたかったっていう理由があるにしても、ゼスがどうして単独で動いたのかが、わからないな。
しかもゼスは、ほかの幹部級を使わずに、個人的な手ごまのユキという少年を作戦に使った。……ニックとの仲間割れという線はあるのかな?」
恭也が、首をひねる。
「それはないんじゃないかしら。だって、警視庁にもぐりこんでいるタキオン配下を使ってるのよ? その人たちが、ええと……ブラック・タキオンをはずれてゼス個人についていったなんて、考えられないでしょう?」
有栖ちゃんが、口をもぐもぐさせながら言う。
口もとにクリームがついてるけど、言っていることはあいかわらず、小学生と思えないくらい、するどいんだよね。
そこでわたしも、口をはさんでみる。
「じゃあ、こういうのは? ゼスが、タキオンからの指示だってだまして動かした、とか。そういうのは、やりそうじゃない?」
あのゼスって人なら、そういうずる賢いことを思いつきそうだし。
「へえー。子猫ちゃんって、意外と、あくどい作戦も思いつくんだね?」
恭也が、いたずらっぽい顔をわたしにむけてくる。
ちょっと!
「ゼスならそうするかもって、ことだからね!」
わたしが言うと、恭也はクツクツと口もとをおさえて笑っている。
もう! こんなときに、からかわないでほしいよ。
緊張感が足りないんだから!
「いや、そういうことなら、ブラック・タキオンが、ほうっておかないだろう。たとえ幹部でも、ボスの名を借りて勝手な指示を出すなんて、組織として示しがつかない」
ケイがペースを乱されずに、話を進めてくれる。
すると、恭也もすぐにまじめな顔になって話にもどった。
「ということは――まとめると、『ゼスは、どんな理由かはわからないものの、タキオンとして動いていた。組織がまだ混乱状態の中だったためか、ほかの幹部の力を借りずに動き、結果、逮捕された』――と? そして、ニックたちブラック・タキオンは、その奪還に動く様子がない……ってことになるね」
んー? なんだか、しっくりこないなあ。
「ゼスの――そしてニックたちの
アルフォンスさんが、話をまとめてくれる。
……ふう。話が進んだような。
ますます、わからなくなったような。
結局、なにもできないっていうことには、かわらないもんね……。
応接室に、重たい沈黙が流れる。
タキオンの戦力が2つに割れたっていうのは、いいニュースなのかもしれない。
でも、脅威があることは、なにも変わらないんだよね。
むしろ、ノアじゃなくてニックが強引にトップに立ったってことには、わるい予感しかないよ。
「……ノアの行方は?」
わたしがきく。
ノアのこと、ずっと気にかかっているんだ。
わたしはノアに、何度か顔を合わせているし、話もしてる。
どうしようもないわるいやつには、思えなかったんだ。
しかも――あのアリー先輩の、双子のお兄ちゃんなんだし。
「まったく、つかめていない。ブラック・タキオンから追っ手がかかっていることを考えれば、しばらくは完全にすがたを消すだろう」
アルフォンスさんが答える。
「そっかあ……」
そこまでで、話し合いは終わった。
「暗い顔してるわねえ」
ソファにすわったまま、立ちあがれずにいると、有栖ちゃんが声をかけてくる。
「有栖ちゃんは、だいじょうぶ? 危ないめにあってない?」
天才って言えるほど、とびっきり賢い子だってことは知ってる。
けど、やっぱりまだ小学生なんだし。
やっぱり、心配だよ。
ときどき、びっくりするほど危険な場所に、ひょっこり顔を出したりする子だし……。
「わたくしの護衛ならサクスがいるし、まったく問題ないわ。それに、こっちのことにばかり、かまっているわけじゃないのよ。今度、個展があるから、そちらの準備で大忙しだし」
そう、有栖ちゃんは、世界的に有名な画家でもあるんだよね!
「えっ、そうなんだ! ケイが喜ぶよ!」
ケイは、有栖ちゃんの絵画のファンだからね。
その絵画がまとめて観られる機会があるなんて、絶対いくっていうにちがいないもん。
「あら、あなたは喜んでくれないの……?」
言いながら、有栖ちゃんは、さみしそうにうつむく。
えええっ!
「そ、そんなことないよ、そんなふうにきこえたなら、ごめんね?」
わたしがあわてていると、有栖ちゃんが顔をあげて、ぺろっと舌を出した。
「このていどに引っかかるなんて。タキオンみたいな敵を相手にできるのか、心配だわ」
……むぅ。
こういう子だったよ。
わたしは、個展にいくことを有栖ちゃんと約束して、別れる。
部屋を出たところに、恭也が立っていた。
「恭也はまだ、アルフォンスさんの仕事?」
恭也って、いつもアルフォンスさんに、たのまれごとしているしね。
すると、恭也は、
「師匠の依頼は、一時的なアルバイトさ。……タキオンの件が片づいたら、本格的にファンタジスタとして復帰するつもりだ」
ってこたえたんだ!
「えっ、そうなの? っていうか、いまもファンタジスタの格好で活動してると思うんだけど」
「服装なんかが、怪盗の本質じゃないさ。もっと心のままに世界をめぐって、心おどる品々に出会わないとね。それが、おれの『怪盗ファンタジスタ』としてのすがただからさ」
恭也の横顔は、その日がくるのを楽しみにしているように見えた。
すっかり、いろんなことに整理がついて――きっと、体の具合も、よくなったんだね。
よかった……って、言っていいのかな?
まあ、いいか。
「そうなったら、また恭也とは、敵同士だね」
わたしは、言う。
だって、怪盗レッドと怪盗ファンタジスタは、同じ怪盗でも。
考え方も、在り方も。まったくちがう。
ファンタジスタが本来の活動にもどるっていうのなら、そのときは、怪盗レッドにとっては阻止すべき敵になる。
「子猫ちゃんに追いかけられるなら、大歓迎だよ」
恭也は、片眼をつぶって、去っていく。
わたしは、ケイといっしょに、ラドロのビルを出る。
無言のまま、しばらく歩いてから、そっと言う。
「まだとうぶんは、気がぬけなそうだね」
ニックがどう動くかわからないけど、いつでも動けるように、しておかないといけない。
「ああ。だが張りつめすぎることはない。必要なときには、言う」
ケイの言葉は、落ちついてる。
けど、逆に不安も感じた。
――必要なとき。
そんなときは、ずっとこないといいって思うけど。
たぶん、もう近くまできているのに、ちがいない。
だからこそ、さっきも、恭也は未来の――「その先」の話をしてきたんだろう。
そう考えて、わたしはゾクッと寒気をおぼえた。
わたしの心にずっとある、不安の正体。
それが、少しずつ、近づいているのを感じて。
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