4 見覚えのある場所が……!

「ねえアスカ先輩っ、どこに初詣はつもうでにいきましょうか!」

 かなでが、テーブルに身を乗りだしてきいてくる。


 昼休みの教室は、あちこちで弁当のふたが開く音やパンの袋をやぶる音が混じり、にぎやかだ。

 窓ぎわから差しこむ冬の陽射しは弱々しいけど、ほのかな暖かさが心地よかった。

 4つの机をくっつけたまわりには、わたし、実咲、優月ゆづき、水夏、そして1年生の奏が、なぜかいっしょにお弁当を広げてすわっている。


 実咲が生徒会に入ってから、ランチをいっしょにできるのはめずらしい。

 けど、生徒会長にも、もっと休みは必要だってことになったんだって。

 この案を通したのは、生徒会を引退した、元副会長の中小路なかこうじ先輩らしい!


 意外!

 そのおかげで、実咲ともお昼を食べる機会ができたのは、うれしいよね!


「……奏。その、まるでいっしょに初詣にいくに決まってる、みたいな提案は、なんなの?」

 水夏は、奏をあきれたように見る。

「だって、年末年始といったら、初詣じゃないですか! いかないんですか?」

「年越しをいっしょにするとか、年が明けてから昼間に初詣にいくとか、色々パターンはあるよねえ」

 優月が、人差し指をあごに当てて、考える顔をしてる。

「年越しは家ですごすほうがいいんじゃない? 年末とはいえ、夜に出歩くのは、生徒会長として、あまり推奨すいしょうしたくないし」

「なら、年が明けてから、初詣ですね! 楽しみ!」


 実咲の言葉に、奏が決まりっ! とばかりに言って、机にノートを広げる。

 わたしたちはおもわず顔を見あわせたけど、まあいっかという顔になる。

 もともと、初詣にはいくつもりだったし。

 いくなら、いつもいっしょの、このメンバーなのは、まちがいない。

 そこに、奏が交ざったって、もちろんかまわないし、むしろにぎやかでうれしいよ。

 さっきわたしたちがおどろいたのは、クリスマスもまだなのに、いきなり奏が初詣の話をはじめたからだったんだ。


「わたし、いろいろ調べたんです!」

 奏が広げたノートには、初詣の神社の候補が、こまかくまとめてあった。

「「「「へえ~~~~~~」」」」

 と、おもわずわたしたちは声をそろえてしまう。


 だって。

 神社の特徴や、どんな神様なのか、いき方や例年の混み具合まで調べてあるんだよ。

 なんのレポートかっていうくらいに。


「よくまあ、調べあげたものだけど。初詣の前のイベントのことは、いいの?

 なんたってクリスマスがあるじゃない。ふつうはそっちのほうが盛りあがるんじゃないの?」

 水夏がノートを見て、感心しながら言った。

「わたし、クリスマスはいつも予定が入ってるんですよ……なので、みなさんといけるとしたら、初詣だなって思って! だから、みなさんの予定、早めにおさえないと、ほかの人にとられちゃいそうだし。善は急げってことです!」


 あはは……。

 あいかわらず、いきおいにまかせてるようで、用意周到に考えてるのが、奏らしい。


「クリスマスの予定って?」

 わたしは、首をかしげる。

「それってデートだったり?」

 なんて、優月が、いきなりつっこんだ質問をする。

 デ、デート!?

 奏に、そういう相手がっ!?

「ち、ちがいますよ!」

 自然に集中した視線に、奏はあわてた様子で両手をふる。

「うち、クリスマスは毎年、家族ですごすって約束してるんです。どうしても避けられない急な仕事で、全員集まれないこともあるけど……それでも、できるだけ、少しだけでも顔を出すようにしてくれてて」

「へえー、そういうの、いいね! うちはお父さんの仕事が、クリスマスはいそがしいから、まずいっしょにいられないし」

 わたしは、去年のクリスマスのお父さんを思いだす。

 イタリアンレストランのシェフをしている、うちのお父さん。

 12月は、ほかの月よりもずーっと、いそがしそうにしてるんだよね。

「レストランにとっちゃ、かきいれどきだからな」なんて言ってさ――って。

そのとき。


「……えっ?」

 スマホを見ていた奏が、不意にとまどったような声をあげる。


「どうしたの、奏」

 わたしは、気になって声をかける。

「先輩、これ、見てください!」


 奏がスマホの画面を、こちらに見せる。

 そこに映っていたのは、ニュースサイトの動画。

   ドキッ!

 わたしはおもわず、画面を食い入るように見つめてた。

 映像には、ビルの窓から、かなり大きな火の手があがって、煙が立ちのぼる様子が映っている。

 画面のすみに〈LIVEライブ〉って文字がある。

 ってことは、これって録画じゃなくて、いまこの瞬間におきてることだ……!


 現場のざわめきや悲鳴も、音声に混じっている。しかもそこに、

 

  ドガ――――ン!


 衝撃的な音がきこえてきて、みんな息をのんで画面にくぎづけになる。


「な……これ、なにいまの……」

「ここからそんなに遠くないとこです」

「事故……?」

「わからないです。ただ『爆発があった様子』って」


 …………爆発……。

「それと、爆発がおきたのは、1つのフロアだけじゃないらしいです……」

「なにそれ……ビルのいくつものフロアで同時に爆発って、逃げられないじゃない」

 水夏が顔をしかめる。

「ガス爆発とか? 学校にも、家庭科室とかにガスコンロがあるけど……」

 優月は、不安そうな顔をしてる。

「学校のものは、定期的にしっかり点検してるから、だいじょうぶだよ、優月」

 安心させるように、実咲が答える。

 でも、その表情は、なんだか自分に言いきかせているようにも見えた。

「まさか、事件……とかじゃないですよね?」

 奏が言って、わたしたちを見まわす。


 みんな、とっさにそのことを考えていたのかもしれない。

 火事の映像は、ときどきテレビでも見るけど――それだって、すごく怖いんだけど。

 いま見たのは、素人目でも「ただの火事」って感じじゃなかった。

 しかも、実咲や優月は、以前に、ほんものの爆発や火事を経験しちゃってる。

 そのときの記憶がよみがえっているのか、顔色がわるい。


「だ……だいじょうぶだよ! ここから近いったって、すぐとなりってわけじゃないんだし。そりゃ心配だけど、みんながそんなにおびえなくても。ね!」

 わたしは、わざと明るく、声をはる。

「そ、そうか。そうだよね」

 実咲も、引きつった表情ながら、うなずいた。


「すみません、いきなりこんな動画を見せたりして……」

「気にしなくていいよ、奏。こんな大きな火事、どうせあとで目にしてただろうし」

 あやまる奏に、やさしく水夏がかえすと、みんな少しずつ調子をとりもどしランチにとりかかる。

 それを見ながら――わたしは、頭の中を高速回転させて、考えていた。


 みんなの前では、顔や態度に出さないようにしたけれど。

  ドキンドキンドキン

     ドキンドキンドキン……

 あの画像を見た瞬間から、わたしの心臓は、めちゃくちゃに、さわぎたてていたんだ。

 だって……!

 ――さっき、スマホの中で炎を噴きだしていた、あのビル。

 そのビルに、わたしは、見覚えがある!


 何度もいった場所だから。

 あれは……映像に映っていたのは……ラドロのビルだ!


 見まちがいじゃない。

 ついこの間いったばかりの、あのビルが。

 爆発――炎上していた。


 胸がざわついて、おもわず膝のうえでスマホを握る手に、ギュッと力が入った。

 アルフォンスさんや有栖ちゃん、恭也は……無事なの?

 いますぐ確認したい気持ちになるけど、いま飛びだしたって、なにもできないのもわかってる。

 あれだけニュースになっているし、警察、それに消防や救急車もきているはずだ。

 かけつけたところで、遠くからただ、ながめるくらいしか、できることはないよね。

 でも……っ!

 じれた気持ちを抱えたまま、なにごともなかったように午後の授業がはじまった。


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