第2話 ──最初の仲間、骸骨兵

薄暗い洞窟の中に立ち尽くし、俺はまだ震える指先を見つめていた。

 召喚した骸骨兵──スケルトンは、膝をつき、まるで忠誠を誓うかのように頭を垂れている。


「……お前、俺の召喚に応えてくれたんだよな」


 返事はない。骨が触れ合うカタカタという音だけが響く。

 それでも、確かに俺の命令に従って戦ってくれた。


 スマホに新たな表示が現れる。


《召喚した魔物は“従魔(じゅうま)“として登録可能です》

《従魔にする場合はYESを選択してください》


「従魔……つまり仲間ってことだよな」


 迷いはなかった。

 画面のYESをタップする。


《従魔登録完了》

《骸骨兵(E):名前を設定してください》


「名前、か……」


 骨の戦士。

 無表情のまま、ただそこにいる存在。


(見た目はホラーだけど、助けてくれた仲間だ)


「……よし。名前は──ボーン。どうだ?」


 スケルトン──ボーンがコクリと頷くように頭を上下させた。


「通じてる……よな?」


 返事はないが、もう十分だった。

 胸の奥が少し温かくなる。


「よし、ボーン。まずは洞窟から出よう」


 ボーンを先頭に歩き出す。

 洞窟は入り組んでおり、所々で地鳴りのような低い音が響いていた。


(モンスターが多いってことか……)


 慎重に進む。

 少し歩くと、またしても黒い影が現れた。


「ギチギチィ!」


 蜘蛛型のモンスター。

 先ほど戦ったのと同じ種だ。


「ボーン!」


 ボーンが無言で前に出る。

 蜘蛛が飛びかかるが、鎧に弾かれる。


 ボーンは剣を振り下ろし、蜘蛛の脚を切り落とす。

 蜘蛛が悲鳴を上げてのたうつが、すぐに頭を貫かれ動かなくなった。


「強い……」


 俺より何倍も戦闘力がある。

 正面からやり合えば、一瞬で死ぬだろう。


 スマホがまた光った。


《モンスター討伐》

《経験値獲得》

《従魔:ボーンのランクがEからE+に上昇しました》


「ランクアップ!?」


 従魔も成長するらしい。

 しかも、遭遇したばかりのモンスターを次々倒せるほどの力だ。


(これは……当たりスキルなんじゃないか?)


 希望が胸の奥底から湧き上がる。


 その時、洞窟の奥から重たい地響きが近づいてきた。


「……嫌な予感しかしないんだが」


 薄闇をかき分け、巨大な影が現れる。


「グォォォォォォッ!!」


 全身が黒い岩で覆われた獣──

 洞窟熊(ケイブベア)とでも呼ぶべき存在だ。


 俺の背丈の三倍はある。

 硬そうな外殻、鋭い爪、赤い目。


「うわ……ボスじゃん」


 逃げたい。

 今すぐ逃げたい。

 でも通路はそいつの後ろしかない。


(……行くしかない!)


「ボーン! 行け!」


 命じると同時に、ケイブベアが咆哮し、前足を振り下ろした。

 地面が砕け、衝撃で体がよろける。


「やばっ……!」


 ボーンが剣で受けるが、大きく弾き飛ばされた。

 壁に叩きつけられて砕けそうになりながらも、ゆっくりと立ち上がる。


「ボーン!」


 返事はしないが、盾のように前に立つ。


(正面からは無理だ……)


 周囲を見渡す。

 岩が崩れてできた細い通路が左にある。


「あそこだ! ボーン、左へ誘導!」


 叫ぶと、ボーンがわずかに頷き、ケイブベアの攻撃をかわしながら左へ回り込む。

 獣が追う。

 直線ではなく、狭い通路なら巨体を活かしきれない。


「このまま……!」


 細い通路を抜けると、小さな空洞に出た。

 天井は低く、ケイブベアは身をかがめなければ入れない。


(ここなら……!)


 スマホが再び光り、画面に新しい選択肢が出る。


《召喚枠:1》

《追加で召喚を行いますか?》


「行くに決まってる!」


 リストが表示される。

 その中で、俺はすぐに目を引かれた。


■スライム(E)

■ウサギ(F)

■黒猫(F)

■骸骨兵(E)※召喚中

■木人(E)


「木人……!」


 タップすると、光が走り、木でできた巨人──木人が現れる。

 身長は二メートルほど。

 ゴウン、と音を立てて立ち上がる。


「木人! ケイブベアを押さえろ!」


 命じると木人が獣に飛びかかる。

 組み合い、押し合い、木材が軋む音が響く。

 動きを止めることには成功している。


「ボーン! 頭を狙え!」


 ボーンが通路を抜け、獣の頭へ向かって跳躍する。

 ケイブベアが咆哮し、首を振った。

 ボーンは弾かれ地面に転がる。


 しかし、その隙に木人ががっちりと獣の胴を両腕で抱え込み、動きを封じた。


「今だ!!」


 ボーンが再び立ち上がり、獣の額に剣を突き立てる。

 赤い目が濁り、ケイブベアは崩れ落ちた。


 木人が腕を離し、ふぅ、と息を吐いた……ように見えた。


「……倒した……のか?」


 強敵だった。

 ボーンが剣を収め、静かに膝をつく。

 ダメージが大きいのだろう。

 木人も同じように地面に座り込んだ。


「ありがとう……お前らのおかげだ」


 するとスマホが再び光る。


《大型モンスター討伐》

《経験値大量獲得》

《召喚者ランクがEからDに上昇しました》

《従魔:ボーンのランクがE+からDに上昇》

《従魔:木人のランクがEからE+に上昇》


「ランクD……! 上がった……!」


 体がじんわりと熱くなる。

 力が内側から湧いてくるような感覚。


 スマホのステータス画面が自動的に開いた。


――ステータス――

名:篠崎蓮

職:召喚者

ランク:D

スキル:ゲート/召喚

従魔:骸骨兵(D)、木人(E+)


(王国に見せた鑑定とは、全然違う……)


 あの時、隠されたスキルは鑑定で表示されなかった。

 追放された……

 無能呼ばわりされた……

 でも今は違う。


「俺は……無能なんかじゃない」


 拳を握る。


「行こう、ボーン。木人も──」


 そう言い、洞窟の奥へ視線を向けた瞬間。

 微かな光が目に入った。


 淡く揺らめく青白い光。

 それは、細い隙間から差し込んでいる。


「出口……か?」


 俺はボーンと木人を連れ、光へ向かって歩き出した。


 



 洞窟を抜けると、澄み切った空が広がっていた。

 眼下には森、そして遠くに草原。

 その先に、小さな集落のようなものが見える。


「……街だ」


 追放され、投げ捨てられた俺。

 だが今、確かな力を手に入れている。


「行こう。俺たちの……旅が始まる」


 そう呟き、俺は歩き出した。

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