第16話 VS紫蛸のエルナドル
ルフィリオの慟哭が森を巡るよりも少し前の事。
ルフィリオがロゼリアスと戦っている最中、彼女の父である里長はアランと共に“
「アラン殿。私の戦い方は殆どルフィリオと同じです」
「分かりました。であればサポートしやすいです」
アランはちらりと、自身が放った三体のゴーレムの方を見た。
ミノタウロスと取っ組み合いをしている個体、大蛇の魔物の上顎と下顎を掴んで引き裂こうとしている個体、黒く巨大な猪の魔物のタックルを受け止めている個体……。各々が王国領レベルの魔物と互角以上に戦いを繰り広げている。
それと共に戦うエルフの里の精鋭も頼もしい。魔物の方に意識を割く必要はもうないとアランは判断した。
改めて対峙した魔人の方を向き直す。他の魔人と比べると掴みどころが無いというか、異質で何を仕掛けてくるか分からない怖さがあった。
「里長、相手の出方を伺いますか?」
「いや、あの手の敵に後手を踏まされると厄介なので、速攻を仕掛けます。倒せればそれでよし、倒せなかったらどう対処したかで敵の力を見極めましょう」
「分かりました」
里長は歴戦のエルフの戦士である。経験値ではアランよりもずっと上だ。その頼もしい判断力と後姿に、アランは思わず笑みをこぼした。
「《
里長が加護の俊足で魔人に斬りこむ。事前に知らなければ見失うほどの速度の突進と斬撃は――紫色の触手に遮られた。
その触手は魔人の背後に現れた八つの魔法陣から繰り出されていて、それぞれが大木の幹の様な太さとそれに見合う長さを誇る。そして巨大な触手の束により、魔人が隠れてしまった。
紫蛸のエルナドルの怨嗟の能力は蛸に由来する物だ。この触手もまた同じ。
しかしアランも里長もその事は当然知らない。知らないながらも対処のためにアランは動く。風妖精の加護の突進は、防御を捨てた捨て身の攻撃だ。簡単な魔法や矢などは風の加護で弾けるが、強い攻撃には意味をなさない。
里長の突進で四本の触手が斬り裂かれていたが、残りの四本が持ち上げられ、里長に向かって振り下ろされる。
「フッ!!」
突進した里長の後隙をカバーするべく、アランの魔法道具、魔導ボウガンで四本の触手に矢を放った。
アランの放った矢は風属性の魔力を帯びていて、突き刺さった瞬間に風の刃を発生させる効果がある。それぞれが正確に触手を捉えて、残りの四本の触手も全て斬り落とされた。
「「……!?」」
触手が消滅して視界が開けた先に、紫髪の魔人はいなかった。……少なくとも、肉眼では捉えられない。
「里長! 右斜め前の樹の根本にいます!」
「! 《
里長が刃に纏った風の魔力をアランの指示した方向に解き放つ。斬撃が飛び、大樹に大きな傷跡がついた。
「……」
エルナドルがその樹から離れた場所から姿を現した。無表情の魔人は何か物を言いたげにアランの方を向いている。が、結局何も言葉を発しない。
その一幕の間に、里長がアランの元に戻った。
「躱されたみたいですね」
「完全に消えたように見えましたが、アラン殿はどうやって分かったのですか?」
「このモノクル、魔法道具なんです。魔物や魔人が纏う魔力の場所を察知するので、奴の居場所が分かりました」
エルナドルは一部の蛸のように、周囲の環境に擬態して溶け込む事もできる。しかし魔力は消せない。アランのモノクルはその魔力を捉える事ができた。
「なるほど。しかしあの能力は何なのでしょうか……」
「蛸……だと思います。でもそれ以上の事は分かりません」
ナガミミ大森林の中で生活すると、海産物に触れる機会が無い。里長から見たら蛸の触手は宇宙生物のように映ったかもしれない。
しかしアランも、料理や錬金術の素材で使われる蛸くらいしか見たことが無かった。生態を知っている訳じゃないから、能力を推測できないでいる。
「とりあえず触手の様なものを召喚出来て、透明になれる力があると」
「あの様子だと本体は脆い可能性が高いですね。里長が本体に接近できれば……」
アランの推測は正しい。フィジカルに強みがあるなら擬態など行わないし、巨大な触手も召喚によるものなので自前ではない。接近できれば倒すことは容易な敵だ。
そう、接近できれば。
エルナドルが音もなく掌を前に突き出すと同時に、里長とアランが暗闇に包まれた。マスラオなど知る人が見れば、蛸墨を連想する事だろう。
「「!!??」」
しかしそう来ると分かっていなかった二人にとって、急に視界がブラックアウトした事による混乱の大きさは凄まじいものであった。
擬態に加え、さらに視界を奪う墨。接近戦を拒否するための能力が豊富である。
更に言うなれば、アランのモノクルの効果も意味を為さなくなった。モノクルの反応はアランが視認する事でしか確認できないが、この暗闇の中では確認が出来ないのだ。
「アラン殿! いますか!?」
「います! 今は自身の防御に専念してください!」
お互いが聴覚を頼りに状況を確認する。しかしそれ以上の確認は出来ない。
この間に攻撃を受けたらひとたまりもないので、里長は土妖精の加護で、アランは防御特化のミニゴーレムを起動し、自分の身を包ませて防御を行った。
「……っぐ!?」
当然この好機を活かさぬ訳も無く、エルナドルは蛸の触手による攻撃を仕掛けた。墨の暗闇の中では本人でも視界を確保できない。しかし雑ではあるが広範囲に攻撃すれば当たるため、彼の必勝パターンの一つとなっている。
触手の攻撃は防御の上からでも強い衝撃をもたらしたが、アランは無事であった。
(……! 見える!)
しばらくして暗闇が晴れた後、ミニゴーレムの壁の隙間から魔導ボウガンで一本一本触手の破壊を行った。
「――――はっ……?」
そうして周囲を見渡して、状況を確認したアランは息を吞んだ。
共に戦っていた里長が、その娘、ルフィリオの剣で胸を貫かれていたのだから。
アランはルフィリオの慟哭を聞き、一瞬放心した後、すぐにエルナドルの方を向き直した。敵前で無防備になっている危険性は火を見るより明らかだ。
「――……っ!!」
エルナドルの動きを見て、アランはすぐに里長とルフィリオの方に駆けだした。紫髪の魔人が鋭いナイフを構えて、ルフィリオを目がけて突進していたからである。そしてそのナイフには毒々しい色の何かが塗られていた。
蛸の触手は一度破壊されると、再使用までのクールタイムがある。それ故のナイフ攻撃。
魔人は勇者一行のメンバーを仕留めるのが優先事項であり、現状のルフィリオは最も容易く排除できる状態だ。これを見逃すはずがない。
フィジカルが強くないとはいえ高位の魔人であるエルナドルの速度は、身体強化魔法を施したアランよりも上であった。
(まずい、まずいまずいまずい……! 間に合わない――!!)
魔導ボウガンによるけん制を挟んだが、触手よりも小さく、加えて高速で移動する敵にはほとんど命中しない。その上、エルナドルが展開する水系の魔法で軌道を逸らされてしまっている。
周囲を憚らず泣き叫ぶだけのルフィリオは、自身に危機が迫っている事に気付く余裕が無い。
一瞬、また一瞬とルフィリオの元に死が近づく。無慈悲にも、鋭い刃が彼女の背中側から心臓を刺し穿つべく突き出され――……。
――それがルフィリオに届く前に、鋭い金属音が鳴り響き、弾き飛ばされた。
「ルフィリオ姉さんは私が守るの!」
「私もね……! 《
ルフィリオの妹二人が、風妖精の加護で駆けつけた。
サラティアが剣でナイフを弾き、リリアンは魔人を仕留めるべく瞬時に雷妖精の加護に切り替える。
この状況は絶好の好機である。接近戦に不安がある魔人が、鴨が葱を背負って来たかのように近づいてしまっているのだから。
サラティアもリリアンも未熟ではあるがエルフの里の戦士であり、リリアンはすでに魔人の懐まで接近している。この間合い、この状況はいかに高位の魔人でも捌けるものではない。
「はああああッ!!」
勇ましい声と共にリリアンが鋭く踏み込み、雷を纏った剣で魔人を袈裟に斬り伏せた。大きな血飛沫をあげて、二つに割れた体が地面に落ちる。
こうして、七冥人オルカリアの部下である三人の魔人は全て倒された。
「里長! 大丈夫ですか!?」
アランは周囲の安全を確認し、胸を貫かれている里長に駆け寄った。サラティアがルフィリオの手を掴んで剣から手を離させて、アランが慎重に里長を横にした。
確認してみると、出血は酷いものの、重要な臓器は奇跡的に避けられていた。
「お父さん! 炎妖精の加護を使うの!」
「……ぅ」
娘の声に、里長は力無く応える事しかできなかった。
「息はまだあります。薬で応急処置をしますが、本格的な治療はできません。とりあえず、この剣は抜かないでください」
サラティアとリリアンは最悪を避けれたことに深く安堵した。まだ呆然としているルフィリオに健気に声をかけているが、返事はない。
「里に神子様が一人いるの。呼んでくるの!」
「お願いします」
「……状況は把握した」
「クオンさん……! 無事でしたか」
「ああ。聖女と勇者はまだ戦ってるみたいだ。変われそうなら聖女と変わってくる」
「分かりました、頼みます」
ポーションを飲ませたり傷口にかけたりして応急処置をする傍ら、魔物の群れの方を見ると、大勢の決着はついていた。
アランのゴーレムが一体破壊されていたが、二体は無事。里の精鋭も怪我人はいるが死傷者は無し。十体いた魔物も残り三体まで減っている。魔物の全滅は時間の問題である。
となると唯一の心配は、マスラオとキオラが戦っている七冥人オルカリアの方である。
その援護に向かうクオンの背中を、アランは見送った。
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