13 出るとこ出るわよ


 ゴールデンウィーク最終日、日本、大阪。

 第二回アカシックレコード検索大会の会場である大阪市民ホールは、「大会」というにはあまりに粛々とした雰囲気に包まれていた。警備は厳重だが、目立ちすぎないように最低限の人数となっている。


 そんな会場の様子を、近くの草陰から観察する三つの人影があった。三人ともサングラスを掛けて、黒い服に全身を包み、明らかに怪しかったが、これは「せっかくスパイみたいなことをするならそれっぽい格好の方がいい」という加古川の提案だった。


「そろそろ午前九時だ。一人目の検索者が入場する時間……。あっ、あれだ!」


 加古川が指さした先を見ると、スーツ姿のやせ細った男が警備の一人に付いてゆっくりと市民ホールへ向かっている。


「ついに始まりましたね、アカシックレコード検索大会……!」

 ミライは大会に参加できるわけではないが、実際目の当たりにするとやはり高揚してくる。


 ミライたちは、検索者たちが会場に入っては出てくるのを陰から見ていた。

 皆一体どんなことを調べたのだろうかとミライが考えていると、加古川が言った。

「おかしいな、そろそろ石原が現れてもおかしくない時間なんだが……。何かトラブルでもあったのか?」



 更に待ってみても石原は現れない。そして、とうとう石原の次の検索者が呼ばれ、会場に入っていった。加古川はそれを見てにわかに立ち上がった。


「まさか……。クソッ、はめられた! 石原の奴、元から会場に来るつもりは無かったんだ!」


「えっ、どういうことだ⁉」


「奴め、僕を撒くためだけにレコードの検索権を放棄しやがったんだ。恐らく記事を捏造して公開するつもりだ。それもそうか。あいつら闇の記者団にとって、ネタが面白ければ、それが真実かどうかなんて問題じゃないんだ。すまないが今からあいつらのアジトに行ってくる」


「アジトって、どこなんですか?」


「東京だ。間に合うかどうかは微妙だけど、行くしかない。ああ、大丈夫、在本君の番が来るまでには戻ってきて隠蔽工作を手伝うよ。じゃっ」


 そう言って加古川は慌ててその場を後にし、プライベートジェットに乗り込んだ。


 乗っている間も、加古川は気が気でなかった。

 くそ、間に合ってくれっ……! このまま僕の密会がリークされれば、とんでもないことになる。絶対に公開させるわけにはいかないんだ……!


 



 ジェットが東京に着くと、加古川は急いで闇の記者団のアジト、もとい週刊幻聴の発行元である雑然社へと向かった。自動ドアをくぐり社内に突入すると、警報がビー、ビーと鳴り始めた。


「おい、侵入者だ! であえ、であえー‼」

 警報を聞いて、大勢の警備員や社員が駆け付けてきた。


 加古川はすぐに角まで追い詰められた。絶体絶命かと思われたその時、加古川は閃光弾を取り出し、地面に投げつけた。一帯はたちまち光に包まれた。

「たまにはお前らもパパラッチを食らってみろッ!」


 社員たちの視界が奪われている隙に加古川は逃げ出し、使われていない資料庫に身を隠した。


「くそっ、週刊幻聴は敵が多いだけあって、警備が固いな……!」


 警備員たちの足音が去ったのを確認してから、そろそろとドアを開けてロビーへと出た。早足でロビーを渡り、エレベーターに乗ろうとしたが、そこにも警備員がいたためUターンし、階段へと向かった。


 加古川は階段を一心不乱に駆け上がった。調べた情報通りなら週刊幻聴編集部は最上階、つまり二十六階だ。体力のない加古川は息を切らしながら、それでも上った。そしてついに最上階へたどり着き、編集部のドアを開け放った。

「そこまでだ石原! スキャンダル報道は差し止めだ‼」


 編集部の一番奥に座っている石原は、加古川の姿を認めると、ニヤリと不敵な笑みを作った。


「遅かったなあ、加古川。残念だがもう記事は公開してしまったよ。確認してみるといい」


 加古川は急いでスマホを取り出し、徐にXを開いた。トレンドを見ると、「加古川ショウ」が一位になっている。


「そ、そんな……」

 加古川は膝から崩れ落ちた。


 石原は高笑いをする。

「ハハハッ。思惑通り検索大会の方に釘付けになってくれたなあ、加古川よ。この特ダネを公開するにあたり邪魔だったのは他でもないお前本人だ。あらゆる力を使って阻止してくるのは目に見えていたからな。いやはや、お前を出し抜くことができて嬉しいよ。なに、嘘は書いてないさ。『加古川ショウは妻以外の女と密会不倫をした』と、少し誇張して書いただけだ。どうせ否定できないだろ?」


「くそっ! くそっ……!」


 加古川は地面に手を付き、ただただ石原の笑い声を聞くことしかできなかった。


「さあさあ、トレンドをもっとよく見ろ! もっと絶望しろ!」


 加古川は力なくXのトレンドを更にスクロールした。きっと「密会」や「不倫」などの言葉で埋め尽くされているはずだ。


「……ん?」

 しかし、トレンドの二位に載っていたのは、

「カミキリムシ」という単語だった。


「編集長! 公開した記事が何者かによって差し替えられています! 内容は……、『加古川ショウ、カミキリムシを偏愛!? 家で数十匹を飼育し、妻も大迷惑』……!?」



「なんだと!? 一体誰が……」と石原。

「な、なぜそれを……」と加古川。


 とその時、編集部の扉が開かれた。


「私がやったのよ」


 入ってきた人物を見て、加古川は一瞬にして青ざめた。

「ク、クルミ……! なぜここに」


 そこに居たのは、加古川の妻、昔谷せきたにクルミだった。昔谷は加古川をひとにらみし、次に編集部全体を見渡して言った。


「厳密には事務所に頼み込んで、ここの情報機器をハックして全く別の記事が投稿されるように仕込んでおいてもらった。あの記事が出たらこっちにもかなり被害が出るからね」


「クソッ、昔谷クルミ、まさかあんたも密会の件を知っていたとは。加古川の事だから上手く隠したと思っていたがな」

 石原は額に汗をかきながらも顔に笑みを浮かべたままだ。

「だが問題ない。阻止されたのならもう一度別の機器を使って公開すればいい。俺は諦めな……」

 バン!! と大きな音がした。昔谷が机に何かを叩きつけた音だった。


「さっきの会話をこのレコーダーに記録させてもらったわ。もしまたでっちあげの記事を公開しようとしたら出るとこ出るわよ。それとも、ショウが不倫したっていう確たる証拠があるわけ? まあ、アカシックレコードで調べたってんなら、こっちも引き下がるしかないけどね」


 昔谷の気迫に、石原はすっかり委縮して黙ってしまった。


 彼女はふいに加古川の方を振り向いた。

「これで一件落着ね。ところでショウ、謝ることあるよね?」


 鋭い眼光に、加古川もまたすっかり委縮してしまった。



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