第23話 犬系旦那、寝ぼけ事件

夜も更け、家の中は静寂に包まれていた。七つ子たちは小さな寝息を立て、ベビーベッドの中で穏やかに眠っている。莉緒はソファで毛布にくるまりながら、微かに聞こえる赤ちゃんたちの寝息に耳を澄ませていた。疲労は全身に溜まっているはずなのに、胸の奥には言いようのない幸福感が満ちていた。


「ふぅ……やっと少し落ち着いたかな」


そう呟きながら、莉緒はそっと目を閉じる。しかし、横にいる瑛士の寝息が、いつもより少し大きく、そして不思議に安らかだったことに気が付いた。犬系旦那モードの瑛士は、昼間の育児疲れもあるだろうが、深く眠っているように見える。


夜中の授乳やおむつ替えのローテーションを終え、ようやく二人は並んで眠りについた。瑛士はいつものスーツ姿のまま、ソファの隅に横たわり、莉緒の背中に軽く手を添える形で寝ている。彼の無意識の優しさが、莉緒の心を温める。


だが、夜も半ばを過ぎた頃、瑛士は夢の中で何かに反応し始めた。彼の腕が莉緒の肩に絡みつき、抱き寄せるようにして体を密着させる。


「……す、好き……」


低くつぶやかれたその声に、莉緒は一瞬目を開けた。暗がりの中、瑛士の顔は穏やかで無防備な寝顔をしている。寝言とはいえ、確かに「好き」と聞こえた瞬間、莉緒の頬は熱を帯びた。


「瑛士……?」


小さく呼びかける莉緒に、彼は微かに身をよじり、しかし眠りは途切れない。無意識の行動で、莉緒をぎゅっと抱きしめる手の力が少し強くなる。


莉緒は一瞬ドキリとしたが、すぐに笑みをこぼしながらも、身動きせずそのまま体を預けることにした。今の瑛士は、夢の中で七つ子たちや自分を守ろうとしているように思えたからだ。


「ふふ……寝言で愛を告げるなんて、やっぱり犬系ね」


心の中でそう呟きながら、莉緒は再び目を閉じる。犬系モードの瑛士が、寝ている間も無意識に家族を守ろうとする姿は、日中の育児で見せる真剣な眼差しと重なって、彼女に安心感を与える。


その夜、七つ子たちもまた夢の中で小さな冒険をしているらしく、時折手足をばたつかせたり、かすかな声を上げたりする。陽日が小さな手で掛け布団を引っ張ったり、美結が軽く唸りながら寝返りを打つたびに、瑛士は無意識のうちに手を伸ばし、優しく触れる。


「大丈夫……パパがいるからな」


寝言でも、自然に言葉が口から出てしまう瑛士。莉緒は思わず顔を赤くしながらも、その声に心が温まるのを感じる。小さな命が自分たちの手の中で守られていると思うと、言葉にならない感動が胸を満たす。


夜が更けるにつれ、犬系旦那モードはさらに加速する。寝返りを打った莉緒の背中に、そっと頭を乗せる仕草、手を軽く添えて抱き寄せる仕草……すべてが無意識でありながらも、家族を包み込む愛情の形だった。


莉緒は心の中で微笑みながら、「瑛士って、やっぱりこういう時も優しいんだ……」と感じる。日中は会社の社長として冷徹な顔を見せる瑛士だが、家では完全に犬系モードになり、家族を守るために全力を尽くす。


そのうち、陽日が小さな声で泣き出した。まだ夜は深いが、赤ちゃんたちの体調や安全を第一に考える瑛士は、瞬時に目を覚ます。


「陽日……ごめん、すぐにミルク作るぞ」


寝ぼけたままの瑛士が起き上がり、手際よく哺乳瓶を用意する。36度に調整し、少しずつミルクを飲ませる。飲み終わったら、縦抱きにして軽く背中をトントン。小さな体から小さなゲップが上がると、瑛士は安堵の息をつく。


「よし、陽日、ちゃんと出たな……」


次に海聖、奏良、椿希と順にミルクを与え、ゲップをさせる。すべての男の子チームを担当し、瑛士は忙しくも充実感に満ちた時間を過ごす。犬系旦那モードはフル稼働だ。


一方、莉緒は女の子チームを抱き、授乳やゲップを丁寧に行う。美結、氷華、紬生、それぞれの名前を呼びながら体温を感じ、心を通わせる。


「美結……氷華……紬生……ちゃんと飲めた?」

「ぐー……」小さな返事に、莉緒は微笑む。


犬系旦那瑛士は、夜通し赤ちゃんたちの世話をしながらも、時折莉緒に頭ポンポンやハグをして、疲れをねぎらう。


「莉緒……お前も少し休めよ」

「ありがとう……瑛士」


その夜、家の中には赤ちゃんたちの小さな声と、パパとママの静かな呼吸が重なり、幸せなリズムが流れる。眠りながらも家族を守る犬系旦那の姿は、莉緒の心に深く刻まれた。


夜が明ける頃、七つ子たちは再び穏やかに眠り、瑛士と莉緒もソファに寄り添いながら休息を取る。長く続いた夜の戦いが終わり、ようやく静けさが戻った家の中で、二人はお互いの存在に感謝し、次の日の育児に備えるのであった。

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