第一話 ブースト要らずのスタートダッシュ -4-
今まで眺めていた窓の外の景色を反映するかのように、億劫そうに半目になった、その瞳は灰色がかっている。
所長とカラスが呼んだのは、外見だけならば人間と変わらない男であった。
中途半端な長髪に黒スーツ、目の前にいる相手全てを鬱陶しがっているかのような面構えは、見た目で人は判断できないとはいえ、大概の者が見ただけで関わるのを避けるであろう負のオーラを放っていた。
寄るな危険、あるいは猛犬に注意。
年齢は、よく分からなかった。聞かれれば、20歳から30歳代くらいと、多くの人が迷いながら答えるだろう。
こうしている間でさえ、ひどく若々しくも見えれば、それなりに年を重ねても見える。
「魂を迎えに行った気分はどうだ? カーラ」
「……あー、どうって事はない、って感じですかね。ええ、たいして違いはありゃしません。ほれあんた、こちら、うちの所長の真神さん。ご挨拶しな」
「そうか、カラスのお嬢さんの名前はカーラというのだね」
「いや名前はいーから、挨拶」
「君がここの所長か、私は西園寺貴彦という。よろしく、真神くん!」
ゴブァ、とカラスが嘴から液体を吹き出した。
瞬時に繰り出されたカラスキックが西園寺のこめかみを打ち、なかなかの勢いで仰け反る。
初対面から新入社員に君付けで呼ばれた男はといえば、目の前のそんな光景を底冷えのする目で眺めている。といってもそこに殺意や怒りは感じ取れず、どちらかといえば電池切れで冷えたという方が適切に思えた。
物静かなと言えば聞こえの良い無気力な声が、ほとんど動かない唇から漏れ出る。
「掃き溜めへようこそ。俺が当事務所所長の真神雄一だ。よろしく」
「自分が勤めている場所をそのように言うものではない。それは自身だけではなく、カーラ嬢を含めて、ここに携わる者達すべてを侮辱する事になる」
「……あんたちょっと黙ってろって……!」
「カーラ、どこまで話してある?」
臨終間近のセキセイインコのように膨らませた翼を上下させていたカラス――カーラが、はっと真神を見上げた。
「ええっと、お前は今日から死神だー、って事と、うちが最底辺の弱小事務所だって事と、有り体に言ってあんたの置かれた状況はご愁傷様だ、って事です。あれ? これ最後の言ったっけ?」
「最後のは聞いていないな」
「だそうです、そんな感じです。仕事内容は所長から説明お願いします」
「では説明しよう。西園寺貴彦、お前は何もしなくていい。以上、説明完了だ」
一瞬の静寂が、一部屋だけの事務所内に落ちた。
そろそろと、カーラが真神の表情を伺う。
「……あのー……所長……」
「何もしなくていい、とは、聞いたままの意味だろうか?」
「聞いたままの意味だ。むしろ、何もするな。仕事は今まで通りカーラにやってもらう。お前は仕事以外の事をしていろ、それで全て上手く回る」
「そうはいかないよ、真神くん。私は死神という役割を課せられたのだ、ならば全力で取り組まねばならない」
「全力で何もしない事に取り組め、西園寺貴彦。というか説明完了以降の会話に意味があるのか? 面倒だ」
怠そうに頭を逆に傾けた表紙に、ぐぎ、と真神の首が鳴った。
ばさりと羽ばたいて、カーラがテーブルに乗る。
「やー……なにもすんな、はさすがにマズいですよ、所長」
「何がまずい。誰もここの仕事を監督などしていない、つまり、何もしなくていい。分かりきった事を聞いて会話量を増やすな」
「それでもっすねえ……」
「ああーっ!!」
末期の退廃的空気を切り裂き、驚きと喜びに溢れた、キラキラと明るい声がこだまする。
カーラが振り向く。西園寺も振り向く。唯一振り向く必要のないポジションの真神は、片目だけを向けた。仮に背中を向けていたとて、振り向くという動作を選んだかどうかは極めて怪しかったが。
こんな事務所には全くもって似つかわしくない、一人の少年がそこに立っていた。
部屋の構造からして、台所にいたのが、話し声を聞きつけて出てきたらしい。事実その手には、茶飲み盆を抱えている。
声に恥じない、純粋さを絵に描いたような瞳。緩くウェーブがかった細い髪。
そのまま世界名作劇場に登場できそうな出で立ちの少年は、両手で持っていたお盆を棚に乗せると、固まって立つ大人達に向かい、とたとたと駆け寄ってきた。
「カーラさん、カーラさんっ! あのっ、この人がっ?」
「ああそうだよサトイモ坊主、哀れなうちの新入りさ」
「ボクはサトイモじゃないですよぅ」
若干唇を尖らせたものの、すぐにパッと明るい顔になって、内部に星でも飛んでいそうな眩い瞳で、カーラと貴彦との間を何度も視線を往復させる。
外見は10歳くらいであろうか、ふっくらとした頬が健康的だ。
じっと見ている西園寺に気付くと、慌てて居住まいを正す。
「あっ、すいません! ボク、ここでお手伝いをさせて頂いてる者です」
「ふむ、見たところ子供のようだが、カーラ嬢の例から考えて子供という訳でもないのだろうな。私は西園寺貴彦という。君の名前は?」
「ボクに名前は無いんです、まだ半人前ですから! えっと、西園寺さんはいきなり死神なんでしょう? すごいなあ」
候補生はそういうシステムなんだ、と言いつつ、カーラが何故か僅かに目を逸らした。
にこにこと西園寺を見上げながら、少年は興奮を隠せない口調で言う。
「新しい人が来るって聞いて、ボク、すっごく楽しみにしてたんです! 3人だけの事務所も、これで賑やかになるなぁって!」
「3人? 君達の他には誰もいないのかい?」
「そうそう、これで全員だよ。計3人……あんたも含めりゃ4人か。超のつく弱小零細事務所だって言っただろ?」
「なるほど、心得た」
それを聞いても、やはり西園寺に怯む様子は見られない。
膝を折って少年と目線の高さを合わせると、よろしく、と片手を差し出す。
少年は嬉しさに紅潮した顔で、その手を取った。握手をすると、小さな手はすっぽり包み隠されてしまう。
「君はここで、どういった仕事をしているんだね?」
「はいっ、お掃除と、お茶汲みです!」
「そうか、この事務所内は実に良く整えられている。誇るべき仕事ぶりだ、胸を張るといい」
「えへへ……」
掛け値なしの賞賛を受けて、少年が恥ずかしそうに頭を掻いた。
カーラは何と言っていいのか分からないように、そんなやりとりをテーブル上からぼけっと眺めている。
年上の青年が子供を誉める、あって当然な光景だというのに、何だろうか、この曰く表現し難い違和感は。たぶん馴染みっぷりにあるんだろうなあ、とは、ぼんやり頭に浮かんでいる。
いやあんた、そいつ人間じゃねぇんだぞと。
真神は、先程から無反応を貫いていた。目は開いているが、寝ているのかもしれない。
「……あの、西園寺さんは、もうお仕事をされてきたんですか?」
「いいや、カーラ嬢に連れられて、まっすぐこの事務所に来たところだ」
「そうですか、じゃあ、まだ名前も貰ってないんですね」
「おい」
と、ここで真神が反応した。
「余計な事を口走るな、茶坊主」
「えっ、す、すいません!」
「いや所長、余計って事はないでしょうよ、所長の仕事なんですし」
「名前を貰うとは、どういう事だね? 私には西園寺貴彦、さい・おん・じ・たかひこという、先祖と両親より賜った輝かしき名があるのだが」
「……なんで二回言うんだよ。言い忘れてた……というか本来所長が言うべき事なんだけど、あんたの生前の名は、そのまま使えないんだ。あんたは死んで、人間から死神になった。死神になったからには、死神としての名前を持たなきゃならない」
「断る」
「おいこら待て」
立ち上がりきっぱりと宣言する西園寺に、即座にカーラが反応した。
何だか呼吸の取り方を会得しつつあるようで、気付いて非常に嫌な気分になる。
「私の名は、西園寺に連なる過去、現在、未来、全てを背負っている。言わば私と、そして西園寺の誇りそのものなのだ。いかに冥府の規則とて、易々と捨てる事などできない」
「いやあんた全部丸投げして自殺したでしょーが!? 捨てられないの基準全然わかんねーよ!!」
「あのう……でも、本当にこれは守らないと駄目なんですよ……」
おずおずと、少年が言う。
「名前を貰う事には、生前のものを捨てる他に、こちらの世界の住民になるという意味もあるんです。だからちゃんとした名前を貰わないと、死神としての力も使えないんですよ」
幼い声の割には歯切れ良く話す少年を、ふむう、と腕組みして、西園寺は見下ろしている。
「生きてた時のご縁を大切にしたいのは分かりますけど、悪い事ばかりじゃないですよ。ボクはまだまだ名前、貰えそうにないから、西園寺さんが羨ましいです!」
「カーラ嬢」
「は、はい? 何さ?」
「私に名前とやらを与えてくれたまえ」
「早いよ!! どーいう心変わり!?」
「事情は飲み込めたのでね、それに対応した行動をとるまで。形骸化した決まり事ではなく、そうしなければ能力を持てないという理由では止むを得ない。改良の余地があるシステムだとは思うが、ひとまず新参である私は、ここは黙って従う他ないようだ」
「……新参にしちゃ態度でかいっつの……んじゃ所長、お願いしますよ」
「断る」
「あんたもかい!」
ぎ、と真神が座椅子を軋ませた。
動作が鈍いというのに、いちいち動くたびにどこかしらで音を立てる。
身体の中心をしっかりと保っていないからであろう。
「名前が無ければ力も使えん、つまり名前が無ければ何もしない、という訳だ。そうした打算の前に、まず名前を与えるの自体が面倒だ」
「そう仰られても、これは最低限所長権限のある方じゃないと行えませんから。ってか冗談抜きで、このまんま放置続けたら取り潰しだけじゃ済みませんよ、せめて形式は整えないと」
「真神くん、カーラ嬢もこう言っている事だ。速やかに君の職務を果たしたまえ」
「だからあんたはこじれるから黙っ……!」
「デス彦」
果たして誰が予想し得たであろう。
真神の口から漏れたぼそっというごく短い呟きが、まさか事務所の時間を静止させるだなどと。
集まる視線の前で、真神が投げやりな半目を上げる。笑ってもいない。
ぱかんと開きっ放しのカーラの嘴が何かを言おうとする前に、またしてもその、時を操る言葉は行使された。
「デス彦」
「………………」
「西園寺デス彦」
「…………あの……いや所長……それはちょっと……」
さすがに見かねたカーラが口を挟んだ時、パン、パン、と快活な拍手が響いた。
拍手の主は、その西園寺である。
「……ふうむ、ふむ。私の元の名前と西園寺の姓を最大限尊重しつつ、別な名前としてみせるとは。真神くん、所長としての確かなる君の仕事ぶりに敬意を表そう」
「では、これで届出をしておく」
「おーい……」
無気力と変人が合わさるとこういう結果を招くのかと、白い羽根が急速に増えていく錯覚を覚えつつ途方に暮れるカーラだったが、ふと何気なく移動させた視線の先で、少年が何か言いたげにしている事に気付く。
気のせい――という訳でもないらしい。それが分かる程度には、両名とも、この事務所に来て長い。
「どうしたい? サトイモ坊主」
「えっ!」
「うん? 何かあるのかね?」
「えっと……い、いえ、やっぱり何でもないです!」
俯いてぶんぶん首を振る少年の前に、再び西園寺は屈み込んだ。
「言いたい事があるなら言いたまえ、少年。何人たりとも、訪れた自己主張の機会を逃すべきではない」
「あんたは自己主張しすぎなんだよ……で、ホントに何かあるならさっさと言いなよ」
「……あーっ……その…………名前の事、なんですけど……」
「名前?」
「あっ、ボクのじゃないです! その、西園寺さんの、新しい名前……実はボクも、ちょっと考えてて……」
少年の言葉に、カーラが仰天した。
思わず、かあ、という、まさしくカラス染みた声をあげる。
その様子を見て、大いに慌てたのは当の少年であった。懸命に弁明をするように、小さな両手を前に突き出す。
他の2名は、特に驚いた様子はない。もっとも態度は同じでも、その内心はまるで異なるだろうが。
「わ、わかってます! これは真神所長のお仕事で、ボクなんかには大それた事だって! ……ただボク、名前に憧れてるから……新しい人が来るって聞いて、どういう人かなぁって想像してるうちに、パッ、て思い付いちゃったんです。それだけですから!」
「なんだ……遊びって事かい。あんまり驚かせないでおくれよ」
「す、すいません……」
「どのような名だね? 言ってみたまえ、少年」
「はいぃ!?」
「ふぇ!?」
今度は、カーラと少年が揃って一緒の声をあげた。
目をまん丸にする少年を、常に己への絶対の信頼を置く、揺るぎなき西園寺の眼差しが捉え微笑む。
半開きというよりは全開きに近くなった、カーラの黒い嘴。向き合う青年と少年。
全員を一度に視界に収める真神の灰色の瞳もまた、西園寺に引けを取らず揺らがない。というか目が死んでいた。
驚愕と怠惰とに支配された空間にて、言ってみたまえ、と、もう一度西園寺が少年を促す。
「……ほ、本当に、いいんですか……?」
「言うだけならタダ、という真理をついた言葉がある。そうだろう、カーラ嬢?」
「許可出してから許可求めんなよ……」
ちら、とカーラが少年を見やる。
びくっと肩が跳ねたのを見て、細い息を吐いた。
本来なら真神を見なければならないのだが、反応を期待するだけ無駄なのでやめておく。
それに、投げやりが服を着て椅子に座っている真神の事だ、彼が、西園寺貴彦がそれでいいと言えば、案外あっさりそっちに変更してしまうかもしれない。それはこの少年にとって、大きな満足感をもたらす事になるだろう。
だったら、言わせるくらいは言わせてみてもいい。
――せめて、そのくらいの事は。
「……ま、言うだけね、言うだけ。保障はしないよ」
「あっ、ありがとうございますっ! あの……どこだろ……あ、これです!」
歓声をあげて、少年がポケットのひとつから小さく折り畳んだ紙切れを取り出した。急いで広げられるそのメモへ、西園寺と、そしてちょこちょこ跳ねてきたカーラが同時に目を落とす。
皺の寄った白い紙には、いかにも子供っぽい字体ながらそこそこ整った文字で、こう書かれていた。
『死ん太郎』
この短時間で二度も静止する時の流れを味わうのは、滅多にない貴重な経験であったとカーラは後に語る。
じっと紙片を凝視していた西園寺の肩が、やがて細かく震え始める。
やば、とカーラが思った時には、バッと端正な顔が上がり、その目は厳しく少年を見据えていた。
「少年っ!」
「あーちょっとお手柔らかに!」
「これは『しんたろう』と読むのかね、それとも『しんだろう』かね?」
「ってそこかよ!!」
「はい、『しんだろう』ですっ! 名前としては『しんたろう』が自然ですけど、西園寺さんは死んだんですから、やっぱりここは死んだ事を強調するべきだと思って!」
「うむ、良い判断だ。正しい判断だ。名前とはその者に一生ついてまわり、その者の在り様を示すもの。読みひとつに至るまで、決して妥協すべきではない!」
帰ろうかな、とカーラはひとり窓の外の面白みもないビル通りを眺めていた。
どこに帰ったらいいのかは知らない。この状況下で、他に考えられそうな事が見当たらなかっただけである。
くるりとターンを決めるかのように、優雅さすら漂わせ、デス彦であり死ん太郎である男は真神を振り向く。
「という訳だ、真神くん! この小さき少年の叡智に敬意を表し、かつ君の生み出した名前を尊重し、そしてまた我が西園寺の名をも断じて蔑ろにしない、そのような名を新たに付けてくれたまえ!」
「あのねぇ! あんたそんなの無茶に決まって――」
「西園寺死ん太郎デス彦」
そして三度目の時間停止が訪れた。
「まだ何かあるか?」
「いや、私から異論はない。初めは覇気に欠ける男だと思ったが、やはり君はひとつの事務所を治めるに相応しい者だ」
「……あ、ああのっ、もういっこだけ言わせてもらうと、名前の最後に(26)を付けると、西園寺さんの生きてきた時間を表せてよりよいとボク、思いますっ!」
「おお、言われてみるとその通りだな。少年、君の着眼点と、個人の背景を徹底して尊重する姿勢、この私といえども多々学ばねばならない所がある」
「では改めて、西園寺死ん太郎デス彦(26)で届出をしておく。明日明後日には受理されるだろう」
相変わらずクスリともせず、溜め池のような瞳で真神が告げた。
拒絶から一転していやに素直になったのは、おそらくそうして処理した方が手間が少ないと判断した為である。
ともあれこうして、一人の少年の発案と一人の所長の無気力により、元人間の新人死神、西園寺死ん太郎デス彦(26)は誕生したのであった。
一方この事態に対して単独で異を唱えていたカーラはといえば、「私から異論はない」の辺りで介入の意思を全て放棄していたが、採用された興奮を小さな体一杯に溢れさせている少年を見ていると、結果としては良かったのかなと思わないでもなかった。むしろ思って自分を納得させるしかない。
所詮は他人事だ。そう考えても、憔悴はする。置かれている状況そのものに。
「……では所長、区切りもついたようなので出てきます」
「ああ」
「仕事かね? カーラ嬢」
「そうだよ。あんたの迎えで時間食っちゃったからね」
「では私も共に行こう」
「は? い、いやいいよ。そういう意味で言ったんじゃないし、あんた初日なんだから休んでな。魂だけになった人間は、今まで味わった事のないじっとりした疲労が溜まってるもんだ」
「気遣いは有り難いが、この私、西園寺死ん太郎デス彦(26)、まるで疲れてなどいない!」
「連れて行け、カーラ」
「しょちょー!?」
先程までとは正反対の姿勢を示す真神に、カーラは叫びながら内心戦慄していた。
何故ならカーラは知っているからだ。これが決して西園寺の熱意に心打たれ、改心したからではないという事を。単に事務所に置いておく方が面倒だと判断し、追い出しにかかっているだけである。
そして追い出した後の相手役は、全部自分に降りかかってくる。
真神の性格からして、大部分の説明や世話を押し付けられる事になるだろうとは覚悟していたが、それでも少しは……三割、いや、二割くらいは受け持ってくれるのではと、知らず知らずのうちに期待は膨らんでいたのだ。
愚かであった。それを今カーラははっきりと自覚し、この先待ち受ける己が未来に思いを馳せる。
たぶん、果てしなく暗い。
「……わかった、わかりましたよ。遅かれ早かれ仕事は教えなきゃならないんです、見学だけでもしてもらいましょう」
「うむ。見学中に手が必要となったら、遠慮なく声をかけてくれたまえよ」
「だから、あんたはまだ力使えないんだってば。ほら、こっち来た来た」
さっさとドア前に飛んでいったカーラが、せわしなく西園寺を促した。
部屋を出る前に、ドブの底のような目で中空を見ている真神に、カーラは一応の礼をする。それでは行ってくる!と張りのある声で宣言をする西園寺も、登場時から変わらずマイペースであった。
いってらっしゃい、と明るく手を振る少年に見送られて、一羽の先輩と一人の新人は、淡く輝くドアへと吸い込まれていった。
「ふー……」
扉一枚隔てた外へ出てしまうと、いきなり気が抜けたようにカーラの翼が落ちた。
翼の先端と尾羽を床に引き摺りながら、ぺたぺた歩きで階段へ向かう。
「……どうも、あそこにいると疲れるね」
「そうだろうか。私の見立てでは、改善点はあるが空気は決して悪くはないぞ」
「あんたが空気を語るか……まぁ、そう感じたんならそれでいいさ。別に止めも否定もしない。じゃ行くよ、ゼロ」
「ゼロ? それは呼びかけかね。私の名前は西園寺死ん太郎デス彦(26)の筈だが」
「そんなもん呼んでられるか。最初っから呼ぶ気のない所長と、あのサトイモ坊主はともかく――。完全なる中立、プラスマイナスゼロだからゼロだよ。簡単にね」
「ふむ、つまりニックネームという事だな。それならば馴染みがある。私も生前は”破壊と再生の申し子”といったニックネームを色々と付けられていた」
「それニックネームじゃないだろ……」
喋りながら、カーラはとんとんと階段を一段飛ばしに降りていく。
動物の身体では上るよりも降りる方が難しそうに見えるが、そこは器用なものであった。
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