2.着任
「栃木は、どうでしたか」
わざとゆったりとした口調で水を向けてきた下島は、三雲より頭一つ分背が高く、三雲よりやや身体の線が細い。ほんのりと茶色がかった髪の質はやわらかく、眼鏡の奥にひそめた瞳がややヘーゼル味を帯びているのは、彼の父方だか母方だかどちらかの祖母が北欧の出身であるためだと聞いていた。
一方、三雲が身に纏うのは紺色の鑑識服だ。身長は平均よりもかなり低く、体型は全体として華奢だが筋肉質なつくりをしている。顔立ちは、強いて例えるなら雛人形に似ているだろうか。鋭く細い目に高い鼻梁、肉の薄い唇と、小作りに整っている。表情もまた人形のように凍って硬い。そもそも肌の色が白い。髪質は硬く、色は墨のように黒々としていた。
三雲はちらりと視線だけで下島を見てから、のんびりと腹の前で両手を組んだ。
「どこまで聞きたいですか」
「そりゃあ」
下島は「くくっ」と喉の奥を鳴らして笑う。
「微に入り細に入りといきたいところですよ。神堂さんが仕事で手こずったなんて話、滅多に聞けるものじゃありませんからね」
その返答に、三雲は小さく肩を落とす。人の仕事が難件であったことが、そんなにおもしろいものだろうか。下島は、それこそ白系混血らしい、柔和でいかにも女性にモテそうな容姿をしているが、ご覧の通り性根が少々歪んでいるため、実際は八割方が遠巻きにされている。そもそも今回の出張の件、一体どこから話を聞きつけたのだろうか。三雲は小さく溜息を吐き、そのまま口を開いた。どのみち報告は上げなくてはならない。
「――事件現場は、山奥の高級別荘地です。そこの奥まった一区画に、ログハウスタイプの五棟の貸別荘が並んでいました」
「ログハウスですかぁ。暖炉とかついてるやつかな?」
下島の問いに、三雲は一瞬詰まる。偶然だろうが、フォーカスした先があまりにど真ん中過ぎた。
「ええ。五棟とも設置されていました。簡易式のではなくて、レンガでしっかりと作りつけられているものです。連休を利用して、三組のグループが三棟を利用していました。全て親族です。三兄弟がそれぞれの家族で一棟を利用していた形ですね」
「へえ、今時仲の良い親戚もあったものだね」
「元々栃木が兄弟の地元だったそうで。現在はそれぞれ東名大にバラけていて、父親の法事のために集まっていたそうです」
「ああ、なるほど」
「宿泊から三日目の朝、それぞれの棟で最年少の――つまり、各家族の中で一番若い人間が、煙突部分に胴体を無理矢理突っ込まれる形で死亡しているのが発見されました」
「ええと、それは三棟全部でひとりずつ発見されたということかな?」
「はい」
ひゅういと下島は下手糞な口笛を鳴らす。
「なかなか残酷な話だね。煙突部分に胴体って、顔はどうなってたの」
三雲は、実際に目にしてきた三通りの現場の様子を思い起こす。
「煙突から炉に向けて、逆さ吊りにされた状態で、首から上だけが飛び出ていました。それから、全身が飴のように引き伸ばされていて、両方の足首と両手が排煙ダクトから表に突き出していました」
チン、とエレベーターが停止し、扉が左右に割れた。二人足早にカゴを後にする。
「それで? ホシはどんな怪異だったの? 怨霊系? それとも流浪神系? まあ聞いても僕には違いがよくわかってないんですけどね。始末はついたんだよね?」
三雲は廊下を足早に急ぎながら、一度瞬くことで現場の光景を眼裏から追い出した。
「いえ。ついてません」
下島が「え」と首を三雲へ向ける。
「ちょっとまって。まさか解決してないの」
「はい」
「え、解決してないのに神堂さん帰ってきたの?」
「はい。僕の担当の仕事は終わりましたから」
「だけどさ」
「怪異の仕業であることは間違いありませんでしたが、どうしても痕跡をたどることができなかったようで」
下島の表情が険しくなる。
「呼ばれたのはどこの術者だ」
「
「それでダメだったっていうのか?」
愕然とした声を発した下島に「はい」と返してから、三雲は一枚の扉の前で立ち止まると、じっと下島の目を見た。下島も珍しく真剣な顔をして三雲を見返す。
「神堂さんでも、追えませんでしたか」
三雲は両手を掲げて下島に掌を見せた。
「いいですか下島さん。念のためにもう一度だけ説明させていただきますが、僕の仕事は怪異の追跡でも、怪異の捕縛でもありません。僕達トクソウの担当範囲は、あくまでも発生した殺人事件が怪現象によるものかどうかの見極めを行うことと、現場に破損したご遺体や、
「だけど」
「能力としてできることと、実際にやるかどうかは別問題です。主に職域の問題として」
三雲はくるりと身をひるがえし、目の前の扉をノックしてから「失礼します」と入室した。室内にはすでに複数の人影があり、また地下階にあることを感じさせない高窓からの斜光に満ちていた。
三雲は足早に最奥へ向かうと、とある人物の目の前でぴたりと立ち止まった。
「
「おう、きたか」
三雲は、にやりと笑った強面の筋肉だるまが着席しているデスクの前で、ぴしりと姿勢を正した。
「菰野岩署、
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