第2話 「俺らの一合目」



 皆丘市は繊維産業が盛んである。大規模な工場ではなく小中規模の工場が市内に点在している。その他は農業地帯であり田畑が市の大部分を占めている。我が故郷だからあえて言っても良かろう。「THE ど田舎」である。

しかし「里山広がる日本の原風景の街」と一応フォローもしておこう。(成人して都会暮らしを経験したが、僕はアスファルトの平原に慣れる事はついぞ出来なかった)

また、皆丘市には陸上自衛隊の駐屯地も存在する。

本土では東富士演習場と並んで大規模な実弾演習が行える「皆丘平(みなおかだいら)演習場」も隣接し市内にはオリーブグリーンのトラックや四輪駆動車が行き来する。住民の多くが隊員とその家族、基地関係者でもある。


 僕と佐々木は「皆丘高校」の入学式に向かうためJR湖彩線(こさいせん)に乗った。

高校は僕の家からは電車で3駅である。佐々木の家は僕の家から自転車で10分程の場所にある。

湖彩線は琵琶湖のすぐ側を走っており、全線高架となっている。よって極めて風光明媚なのである。大昔は現在とは違い、琵琶湖の砂浜ぎりぎりに線路があり、更にメルヘンチックだったと聞く。某焼酎のCMに登場しそうなイメージか。


 皆丘駅から高校までは商店街を抜け徒歩で10分ほどで着く。

川沿いに桜が並ぶ中を僕らは歩いた。校門に着くと「祝 皆丘高校入学式」と書かれた白い看板があり、多くの生徒が敷地内に入っていく。

 教師達の案内に沿って生徒たちは教室が並ぶ1階の廊下を歩き窓ガラスに張り出された名前を確認した。

僕と佐々木の名は「1-2」組の教室に張られていた。

「名コンビの定めやねえ矢島くん!いやぁ運命宿命お導き」と佐々木は僕の肩をバチンと張った。

「そんなもん悪縁じゃ!」と僕は言い返した。

とは言いつつ内心は少し嬉しかった。中学では良くて「サラダのポテト」位の存在感だった僕にとって「スパイス強めの200gステーキ」のようなこの男が友人でいてくれた事が不思議でならなかった。

おおよそ人見知りという概念を持たない佐々木には多くの友人がいたのだが、部活を含め何かにつけて僕を気にかけてくれた。決して子分という存在ではなく「相棒」として接してくれたように思う。理由を聞いた事は無い。

おっさんになった今もである。


「スカートとスピーチは短いほうがいい」とある漫才師がネタで言っていたがこれは本当だ。

入学式における校長、OB会、市会議員のスピーチは田舎ほど長いように思われる。こんな時佐々木がMCであれば画用紙に「巻きで(時間一杯です)」と書いて登壇者に「はよ終われ」と合図を送るであろう。事実、中学の文化祭の表彰式で校長にこれをやった事がある。その後は便箋5枚の反省文を校長と担任の目の前で書かされた。校長室から出てきた彼はさながら「ダイハード」のラストでボロボロになったマクレーン刑事のようであった。


 体育館での堅苦しい入学式の後、新入生達は各教室に戻り、各自簡単な自己紹介をした後「皆高OB会」が用意した地場産の名物がてんこ盛りの「幕の内弁当」を食べた。

皆丘高校の恒例行事との事である。

近江牛ステーキ、小鮎の天ぷら、とんちゃん焼(若鶏の味噌焼き)、ブルーベリージュース等々、「ここは皆丘市のアンテナショップなのでしょうか?」と市役所に聞きたくなるような名物ばかりが詰め込まれている。恐らくは将来を担うであろう「ヤングファーマー」養成の為のスカウト的な意味合いもあるのだろう。(僕は自分が捻くれ者である事には自覚がある)


「お前、まだ運動部に入ろうと思っとるんけ?」

再び体育館へと続く渡り廊下を歩きながら佐々木は僕に訊ねた。

「うん。そのつもりや。文化部は考えてへん」と僕はきっぱり言った。

午後からは皆丘高校の部活紹介が行われる。スポーツの経験はないがプレゼンテーションを見て直感で決めるつもりでいた。あわよくば佐々木も引っ張り込もうとも思っていた。彼ならどんな部に入っても器用に立ち回るだろうし、速攻でコツも掴むであろう。更に怖い先輩がいた場合、ちょっとだけ盾になってくれるのではないかという魂胆もあった。(僕は自分が捻くれ者かつ臆病者である事にも自覚はある)


 体育館には各部活のユニフォームをばっちり着込んだ先輩たちが待ち構えていた。有望な新入生はどの部も渇望している。何だか各部間でバチバチとした殺気のような気配さえ感じる。

サッカー、野球、陸上、バレー、バスケ、と次々にプレゼンを行っていく。とはいえこれらのメジャーな部活は元々入部するつもりは無かった。以前佐々木の助言があったように小中からやっている者達とはあまりにも差があり過ぎると目の前のデモを見て痛感した。柔道、剣道に至っては技のキレもそうだが、なによりその「音」にビビッてしまうのだった。直感で決めるつもりでいたのだが、僕の中の「センサー」が「やめておけ」と危険信号を出すのだった。

「では最後の部活です」と司会者がアナウンスした。

派手な赤のチェック柄のシャツにウールのニッカーズボン。ハイカットの革靴を履いた男が自分の身長ほどもあるリュックサックを背負ってドカドカ床を踏みしめながら登場した。

「新入生の皆さん。どうも。山岳部の部長をしてます岡田です!」と元気よく挨拶をしたのは、あの合格発表の時に声を掛けてきたゲジ眉の「がんばれロボコン」だった。

「山岳部のデモンストーレションと言っても・・まぁここで何かする事は出来無いので活動内容の口頭説明になってしまうのですが、まあ、普通に山に登ります。それだけなんですが、新入生にぜひ伝えたいのは、もし高校からスポーツを始めたいと思う方がいればお勧めします。全員が高校から始めるこの学校で唯一の運動部なんで。あとね、特に男子諸君、入部の際には女子部員の手作りの「エクレア」を進呈します。何個でも」とゲジ眉ロボコン、もとい岡田部長はドスの効いた早口で言った。まるで田舎の議員選挙の演説みたいである。館内はザワザワした。確かに説得力があった。僕にはそれが決定打となった。


 隣で退屈そうにしていた佐々木を肘でこついて僕は宣言した。

「俺は山岳部に入る事にした。今決めた」

「嘘やろ、矢島甘いモン大嫌いやんけ」

「エクレアに釣られたんと違うわ」僕はグーで佐々木の二の腕を殴った。

「佐々木はどうする?一緒に入ろけ、の!」と僕は畳みかけた。

「でもあのロボコン坊主頭やんけ。絶対とか丸刈り強制やろ。悪いな矢島。俺はパスや」

「んなもん聞いてみな分からんやんけ。親友たっての頼みやんか。中学の時は散々君の黒子に徹して奉公したよね。あんまりにも冷たいじゃない佐々木君・・」、僕は無き落としを試みた。

沈黙が10秒ほど続いた。

「話聞くだけやど。丸刈り強制やったら俺はスキー部に入ろうかと思う。カッコ良さげやしな。絶対髪型自由やろし」佐々木は答えた。


 山岳部とはその存在すら想像していなかったが、未知なる物へ挑戦するワクワク感がその日の帰り道の僕をハイテンションにした。駅の自販機では佐々木にコーラを奢った。当然、買収工作である。佐々木は怪訝な顔でチビリチビリとコーラを啜った。


つづく























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