僕らの稜線日記
小島武奈(コジマ ブナ)
第1話 「春風とエクレア」
※この物語は実話に由来するフィクションです。市町村設定、競技内容等、実際とは少々異なります。元山岳部の方々、どうぞご容赦ください。
~プロローグ~
昭和から平成へと元号が変わった。
僕(矢島)の住む滋賀県の西部にある皆丘市(みなおかし)は皆丘山脈と琵琶湖に挟まれたのどかな地域である。山脈とは言っても標高は最高点でも1.200メートルを少し超える低山だが南北へ20キロ程の山塊を形成しており、遠くから見ると確かに堂々とした「山脈」の様相を見せる。「近畿のアルプス」と呼ばれる事もある。
この物語はのどかな田舎街で起こる僕たちの冒険譚(と言うほど大げさな話でもないが)である。
「カキ~ン・・カキ~ン」と野球部のグラウンドから金属バットの音が鳴り響く中、僕は友人の佐々木と皆岡高校の合格発表の掲示板の前にいた。300人ほどの学生達に混じって自分の受験番号を探す。そして「221」を見つけるとひとまず3年間の居場所が見つかった安堵感が20秒ほど続いた。
「お互い名前は書き忘れへんかったようやな矢島」と佐々木はニヤニヤしながら言った。
倍率0.96の公立高校だから実際0点を取るか名前を書き忘れない限り落ちる事はない。
安堵感が20秒程度だったのはそのせいだ。
佐々木は中学からの友人である。中学ではサッカー部であったが2年生の時に顧問が変わり、「丸刈り推奨」という名の「丸刈り強制」を部員に命じた為あっさりと退部した。
「あのセンコ(先生)、丸刈りの方がヘディングしやすいとかぬかしよるんじゃ。あほぬかせ、外国選手はアフロでもヘディングするやんけ」と彼は断じた。
170センチのスラッとした体型、切れ長の目、猫毛のストレートヘアを真ん中分けにした佐々木は、黙ってさえいれば芸能人にもなれそうな優男である。髪型には異常に拘りがあり、母親の鏡台から「つげの櫛」を失敬し、持ち手の部分を糸鋸でカットした状態でいつもポケットに忍ばせている。体育の後などには額から「ファサっと」櫛でとかす。とにかく事あるごとに「ファサっ」とやる。
「つげ櫛はな、静電気が起きひんのや」と聞いてもいないのに何回も僕に説いてくるのだ。なので丸刈りを理由に小学校から続けてきたサッカーを辞める事は彼にとっては迷う理由は無かったのである。
佐々木の変人エピソードは後にも沢山出てくるであろうから「黙ってさえいれば女子が放っておかない優男」ではある事だけ書いておく。
僕は中1の終わり頃まで帰宅部であったが、中学校の方針で何かしらの部活に入る事を「是」としていた為、「内申書」という担任からの脅し文句に負けて「放送部」に入部する事となった。元々映画が好きであった事と「~大会」というものと一切無縁の部活だったからだ。
部員は先輩が2人いたが、放送室に寄り就く事は滅多に無く、実質僕1人であった。有難い事に顧問も映画好きあったから放送室にはVHSにダビングした映画が山ほどあった。アクションからヨーロッパのマイナーな映画まで揃っており、僕は授業が終わってから毎日映画を1本観て帰った。因みに僕の初恋の相手は「シャルロット・ゲンズブール」である。「なまいきシャルロット(映画)」を観て、「なんちゅう寂しげな笑顔をする娘さんなんや・・」と田舎の中1の僕は完全に恋してしまったのである。
佐々木はというと、サッカー部を辞めてしばらくプラプラしていたが、僕と同じく「内申書」を指摘された結果嫌々放送部に入部してきたのだった。
それまで佐々木の存在は知ってはいたが、話した事は無かった。
「放送部て何やる部活なん」と佐々木。
「特に決まってへん。俺は暇つぶしに映画観てから帰る」と僕は棚に置いてあるVHSの映画を選びながら答えた。
佐々木は映画には一切興味がなかった。現代風に言うと「陽キャ」の彼は入部してすぐ、放送室のマイクで昼休みと夕方に「ボン・ジョビ」だの「ヨーロッパ」なんかをBGMに流し、20分ほどDJまがいの事を嬉々として行った。ネタ探しに教師や生徒に取材まで敢行していた。もっとも放送部であるから、本来このような活動をする事が正しいのかもしれないと顧問も思ったらしく特に佐々木を咎める風でもなかった。そうなると味をしめたもので、卒業までの間、彼はあらゆる学校の行事(体育祭、文化祭)という場面でMCを買って出るようになっていた。僕はその台本を書いたりPA(音響)を担当し、ひたすら裏方に徹した。人前で喋れる性格ではない僕は佐々木を羨ましいとは思わなかったし勝手に「名コンビ」と思っていた。後々聞くと佐々木もそう思っていたそうな。
そんな日々が中学卒業まで続いた。
高校受験を控えたある日。
「矢島、高校はどこ行くんや?」と佐々木から訊ねられた。
「皆高に行くつもりやけど」と僕。
「グーゼンやんけ。ワシもや。」と佐々木。
どの高校に行くと言っても、皆丘市には高校は2つしかない。1つはW高校で県内でも中の上くらいの偏差値。一方の皆丘高校は前述した通り倍率は1を切っている。
私立高校に行かないのであれば進路はこの2つとなる。勉学を犠牲に、中学の広報活動に尽力し過ぎた僕と佐々木はその名誉だけを胸に皆丘高校へと進学を決意したのである。そして見事、0点も取らず名前も書き忘れなかった僕らは晴れて「皆高」へ入学する運びとなったのだ。ただし事前に下調べすらしなかった2人が悪いのだが、残念ながら皆高には放送部は存在しなかった。
佐々木は残念がっていた。しかし僕は佐々木には悪いがある思いがあった。
僕らは高校の自転車置き場横のベンチに腰掛けた。
「俺な高校では運動部に入ろうかなと思っててさあ」と僕は佐々木に告げた。
「お前やあ(さあ)、体育以外なんもスポーツしてへんのに何言うとんねん。高校からデビューするとなると殆どの部活は小中からやってる奴がおるぞ。横並び違うで。やめとけ」と佐々木は真剣に言った。
「体力付けたいねん。万年補欠でもええんや。サッカー部とかどうかな?」と僕。
「俺はサッカー部には入らんど。さっきサッカー部の奴見たら丸刈りやったしの。そもそもお前は球技苦手やんけ」と佐々木は「ファサっ」と髪をとかしながら言った。
佐々木の言っている事にも一理ある気がし始めた僕だが、「十代で付けた体力は将来的に役立つ」と中学の体育教師が授業で言っていた事が気になっていた。そもそも運動部に入ろうと思ったきっかけでもある。
「まあ、入学してから決めたらええやんけ。色々部活見学しての。今日はいのけ(帰ろう)」と佐々木が校門へ向かって歩き出しそうとしたその時。
「君ら合格おめでとう!!。ちなみにエクレアは好きか?」
突然、身の丈160センチくらいのガタイの良い男が声を掛けてきた。小柄だが肩幅が異様に広く、筋肉質で声はドスが効いている。一瞬「がんばれロボコン」を連想させるゲジ眉の男。
この男が良くも悪くも僕らの高校生活に多大な影響を及ぼすとはこの時は知る由もなかった。
つづく
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