第25話 尽きない好奇心
「……ふぅ」
彼は、その手が吸い込まれそうなボンネットの艶を、もう何度目になるか分からないほど見つめ、深く息を吐いた。何度も角度を変え、貪るように堪能する。それほどまでに、彼の思考を完全に独占していた。
ガレージの照明を落とすと、ボンネットは施工前とは違う、静かで深い艶を纏っている。
彼は、艶を貪るように堪能したガレージから、現実へ意識を引き戻すかのように、ワックスで汚れたクロスをまとめ、使い込まれたバケツと共にドアを閉めた。
リビングに戻ると、身体は自然とソファーへと吸い込まれる。深く沈み込み、彼の手の平からは僅かに北欧ワックスの優雅な香りが漂っていた。
彼は、その目に焼き付けた艶の記憶を反芻するように堪能する。天井を見上げ、しばらく静止した。
今回、高価なワックスを半ば勢いで買ってしまったことは否めない。しかし、その結果、彼はワックスの新しい世界、そしてこのメーカーの片鱗を知ることができた。
彼はまだ、自分がこのワックスメーカーの「虜」となったことに気づいていない。ただ、最高の出会いができたという純粋な喜びに満たされていた。
天井を見上げたまま、彼は深く考える。
ワックス単体として見れば、確かに高価な買い物だ。だが、この最高峰のワックスを自ら手に取り、施工し、この仕上がりを体験できた一連の行為を含めれば、それは後悔などしようもない価値だと、改めて深く感じた。
視線を戻すと、この驚くべき結果をもたらしたのは、ワックスの性能だけではない。下地剤を使った統一された下準備があってこそだ。施工前の「専用品ではない下地」での感触を思い出し、彼は静かに頷いた。
「最高の物を最高にするには、最適な下準備と、それに適した物を使う必要がある」
唐突に、以前食べた小さなレストランのシェフおすすめのカレーが脳裏に浮かぶ。
――それはまるで、最高の海鮮カレーを作ろうというのに、特売品のありあわせの具材では意味が無い。それに適した具材というものがある。極端ではあるが、そういうことだ。
彼は、この経験で専用品の偉大さを身をもって知った。
ソファーにもたれたまま、彼は次の疑問を抱く。
バランスの取れた最高の艶と、圧倒的な施工性の良さをボンネットだけとはいえ経験した今。これまで使ってきたワックスは、この北欧ワックスと比べてどう感じるのだろうか。
もちろん、量販店のものは除外する。だが、艶に特化したメーカーのもの、撥水に特化したメーカーのもの、その他にも数種。そして、今回の北欧ワックスと同じメーカーの高耐久ワックス――。
北欧ワックスの凄まじさは、全体施工はできていないにしても、その片鱗を目の当たりにした今、彼の好奇心に火をつけた。
彼は、高耐久ワックスが自身の終着点だと思っていたはずが、衝動的とは言え新たに購入したワックスで尽きることのない探求心が芽生えた瞬間だった。
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