第19話 最初の舵

「え?」という小さな驚きは、彼の中で静かにしかししっかりと刻み込まれた。あの洗うだけとは違う何かが、彼の心に強く残っていた。


彼は学生で時間に余裕があったため、次の休みの日、特に予定のなかった彼はすぐに地元のホームセンターへと足を運んだ。


洗車用品のコーナーは、彼が知っている実家の古い道具の世界とはもはや別世界だった。彼は、家で発見した何年も前の、時代を感じさせる固形ワックスや、ただのシャンプーとバケツしか知らなかったが、そこにはズラリと並んだ、艶(ツヤ)と効果を謳う新型のワックスやケミカル剤の群れがあった。


彼の目線は、まず自分が使った古びた固形ワックスに似た商品を探した。しかし、缶入りの固形ワックスが陳列されているコーナーは隅に追いやられて小さく、すぐに彼の視界から外れた。


代わりに、コーナーの前面で大きく幅を取り、彼の目を惹きつけたのは、スプレー式のコーティング剤だった。


それらのパッケージには、鮮やかな写真と共に「ワックスを塗ったような艶と強い撥水力」という謳い文句が躍っていた。


彼はここで初めて、自分が安価なワックスで得た「漠然とした光」が、具体的に「艶」と呼ばれるものだと認識した。そして、「強い撥水力」という言葉から、あの変化にはまだ知らぬ別の価値があることを予感した。


「あの石油臭いワックスを塗りつけるより、タオルにスプレーして拭くだけで、あれと同じような効果が得られるのか……」。


彼は、洗車用クロスという専用品を知らなかった。だが、スプレー剤のすぐ横には、手のひらサイズの「洗車に最適」と謳われた専用のタオルが売られているのを見つけた。彼は「専用品なら、何かと使うだろう」と漠然と考え、スプレー式コーティング剤と共にそれを手に取った。この手軽さこそが、彼の心を強く捉えた。


この日、彼の洗車への探求は、古き良き固形ワックスの枠を飛び出し、新しく手軽なケミカルの方向へと、最初の舵を切ったのだった。


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